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□終盤戦
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会場の西、ビニールハウスが連なる屋外で椪田水透(女子12番)は膝に顔をうずめていた。さっきから、眠りにつきそうになっては飛び起きるというのを幾度も繰り返していた。

プログラムが始まり夜が明けたが、一睡もしていない。人殺しがうろつく中、一人きりでグースカと寝入ってしまうのが恐くて、気力を振り絞って起きていた。
じっとしていられず北西校舎を彷徨っていた時、外へ続くドアを見つけると水透はこのビニールハウスへ足を運んだ。昨日の雨で至る所湿っているが、逆にその不快さが眠気を防いでくれていた。

そうして一時間も経ったろうか。とうとうここでも、無事に眠たくなってきてる。
今まで誰にも会わず何が起きたわけでもないが、くたくたに疲れきっていた。これほど睡魔を憎んだ事はない。それだけで発狂できそうだ。

眠気を紛らわせる為に両腕に爪を立てながら、水透は考えをめぐらせた。このままじっとしてれば遅かれ眠ってしまう。しかし、いくら鈍い頭を酷使しても、一体どこなら安心して寝られるのか、結論は一向に出なかった。移動して体を動かせば、多少は目が冴えるだろう。…そしてその後、今よりさらに強い眠気と戦う破目になるのだ。

―いっそ思い切って、ここで一眠りしようか。

とたんに水透は正気になって、その甘い考えを振り払う。そんなものが許される場所は、もうどこにもない。ここは銃声が響きあう戦場なのだ(全然そうは見えないのにね)。

プログラムなんて物がこの世にあることにも、そしてそれに選ばれたという事にも、水透は怒りを覚えずにはいられなかった。こんな下らない、何の意味もないような「お国のルール」で死ななきゃいけないなんて。私たちは一体何なんだ。虫けらってわけ?

人殺しなんてまっぴらだ。でも、殺されるのだって同じくらい嫌だ。
少なくともただでは死にたくない。水透は誰か他のクラスメートと一緒にいる気にはなれなかった。そしてもし、殺されそうになったら、全力で戦うつもりだった。

それは普段一緒にいた能登谷紫苑(女子11番)だとしても同じだ。B組で一番仲良くしていた紫苑は、今やむしろ最も会いたくない人間の一人となっていた。
他のクラスメイトはあまり気がついていないが、傍にいた水透には察しがついた。あの子はもし「総統閣下のために今ここで死になさい」とお国から命じられれば、喜んで死んでいくだろう。この国の方針に間違いなど無いと、頭から信じ込んでいる人種なのだ。(大東亜国にこういった「病気持ち」の人間がいる事、この社会をつくり出している上の人間のことごとくがこの「病気持ち」だという事を、水透はうっすらと理解していた)
今までの普段の生活でそんな面が出たとしても、ただ黙って肩をすくめていればよかった。彼女自身はとてもいい子で、水透とは馬があった。だがよりにもよってプログラムだ。たとえ相手が自分でも、紫苑は何の迷いも無く殺しにかかるだろう。「お国のため」に。

だが水透には、その紫苑以上に会いたくない人間が、一人だけいた。

そいつと自分が犬猿の仲だというのは、周知の事実だった。何しろクラス全員の前で激しい罵りあいになるなどしょっちゅうなのだから。取っ組み合いになりかけたこともある。恐らく向こうも、自分には会いたくないだろう。普段でさえ一触即発なのだ。プログラムなんていう状況下じゃ、やはり―殺し合いになる、のだろうか。

ひとごとのように水透はそう思った。おかしな事に、実際自分でもどう転ぶのか、どうしたいのか判らない。
水透はそいつをはっきりと嫌っていた。その日に言われた罵りの台詞を思い出して夜も眠れず、いつの間にか朝になっていた事もある。正直、顔を合わせるのが嫌過ぎて、学校へ行くのが億劫だった時もあった。(意地でも行ったけど。負ける感じがしてなんだか嫌だった)それでもどうせ中学を卒業すれば、水透の目の前から自動的に消えてくれる人間だった。
さすがに殺意までは沸かない。だけど、向こうはどうかわからない。

プログラムに乗っかっている奴がいることは、もはや疑いようもない。スタート直後に遭遇した園部優紀(女子6番)の死体や、これほど銃声が立て続いていることからしても。
今その人間もそれに乗っているのかどうかは知らないが、あまりそれは関係ないかもしれない。例えそいつがこのプログラムに反発していたとしても、今この瞬間に友だちや好きな人を命がけで守ってたとしても。相手がこの自分なら、むしろ武器を手に取るだろう。

『あの女、ぶっ殺してやる。絶対、許さん』

どれほど繰り返したか自分でも分からないディスり合いの後。「まーまー」となだめる星山拓郎(男子16番)や野沢頼春(男子13番)らに、そいつがぽつんとこぼした言葉が耳によみがえった。
恨んでいるだろう。襲って来てもおかしくない。でも自分は、奴が気に食わないだけだった。本当にこれ以上ないというほど大嫌いなだけ。




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