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□終盤戦
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どこを歩いても変わり映えしない無機質な廊下にあって、それはあまりにも異様な光景だった。

渇いて変色した血が、そこら一帯の床を覆いつくしている。勢い余った血飛沫が壁にまで達しているのが見えて、南小夜(女子17番)は胃を抓られるような悪寒に襲われた。

―何があったの

血の海に倒れる二人の人物に、小夜はそう思わずにはいられなかった。

その二人―藤岡圭太(男子15番)と高原乃慧(女子7番)が、すでにこの世にいない事を小夜たちは知っていた。「二人を見つけろ」といって息を引き取った石黒隆宏(男子2番)の言葉も虚しく、彼と共に名前を放送されて。
それでも小夜たちは探していたのだ。日が昇るのを待ち、冷たくなった隆宏に別れを告げ歩き回った。そして今、目の前に二人は横たわっている。

―どうしたの…何があったの……?

想像してないわけじゃなかった。覚悟をしていたはずだった。けどそんなモノは、欠片も意味がない事を思い知った。圭太も乃慧も、殺されて死んでいる。言葉にすれば、それは分かっていた通りの事だというのに。
目を開けたまま石のように動かないその姿が、小夜を容赦なく打ちのめした。

凍りついた足を引きずって、小夜は亡骸に近づいていった。だが足取りは自分が思ってる以上に重く、中々前に進まなかった。そこうしていると後ろから、二つの黒い背中が小夜を追い越し、ゆっくりと二人のもとへ向かっていく。菅野優也(男子8番)と矢部樹弘(男子19番)だ。

優也は二人の傍でしゃがみこみ、樹弘は俯いて立ち尽くした。言葉も無く圭太と乃慧を見つめている。

「行かせちゃ、だめだった」

上がった声はすぐ隣りからで、驚いて左を向く。いつの間にか隣りに並んでいた渡辺凪(女子21番)は、泣くのを堪えて喉を強張らせていた。

「そうしなければ…ちゃんと止めてれば、圭太も…乃慧も……」

その考えは、小夜も持たずにはいられなかった。
別行動を取ると圭太が告げた時、自分もついて行くと乃慧が決めた時、もっと強く止めていればこうはならなかったかもしれない。こうなる事を危惧して、小夜たちは二人を止めた。けれど結局は、行かせるという選択を取ってしまったのだ。

二人を死なせた責めは、自分たちにもある。

「…だけど……」
冷たくなった友人の有様を前にすると、さらに別の考えが大きく膨らんでいった。

「確かに、そうだけど…一番悪いのは、他に…他にもいるでしょ」

思い出されるのは、圭太と乃慧の死を告げるクラスメイト。鎌城兄弟の一人は、有無を言わさず小夜たちを攻撃して、隆宏を殺した。
圭太も乃慧も、誰にも敵意を持ち得なかったはずだ。その場に居合わせていないので確かな事など言えないけど、二人はあくまで「話し合う」ためにそいつと対峙したろう。
その二人が、どうしてあんなに苦しそうな顔で、血まみれにならないといけないのか。

「信じられない……あいつ、どうしてこんな事できるの…?」

なぜ優紀を殺したかと問い詰める樹弘に、彼はっきりこう言った。「うるせぇな。プログラムなんだからしょうがないだろ」
だが鎌城のやった事を「しょうがない」で済ます気など、小夜には微塵もなかった。

「そういう奴だって、ことだろ……もう言ったってしょうがない、けど…くそっ」

呟くように返事をした樹弘は、相変わらず二人の方へ俯いたままだ。

「小夜の言う通りだし、凪の言う通りだ……それに、圭太と乃慧も……別行動なんて、意地張って…!俺らみんな、何やってんだよ」

小夜と凪は、ようやく樹弘たちのもとへ追いついた。血に浸る八つの靴が、二人の躯を囲むように並ぶ。
薄いものを踏んだ感触がして自分の足を見下ろすと、大きな紙のようなものが落ちていた。血に全体が浸されて何も見えないが、たぶん支給された会場地図だ。

「圭太はさ…」とおもむろに虚ろな声が上がって、小夜は地図から視線を剥がす。しゃがんだままの優也だった。

「智見の言ってたこと、守りたかったんだと、思う」

今は亡き親友の名前を聞いて、小夜は優也の方を振り向いた。北島智見(女子3番)が教室で軍人に殺されたのは随分前に感じられる。しかし、忘れもしない。最後に言い放った強い言葉も。逆上し大の男に掴みかかる姿も。

「教室で言ってたろ。人殺しなんかできるわけ無いって……あいつ、智見のこと好きだったから…どうしても意地張りたかったんだ」

え、と優也以外の三人が声を揃えた。




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