OBR

□終盤戦
25ページ/72ページ







36




隣りを歩く星山拓郎(男子16番)に名を呼ばれて、秋山奈緒(女子1番)は、なに?と彼を見上げた。
二人は正面校舎の右側、北東校舎にほど近い地点にいた。拓郎の肩には奈緒に支給されたショットガンが、奈緒の手には拓郎に支給されたボウガンが、それぞれ所持されている。

「この時間て、いつも奈緒はなにしてんの?」

やけに真剣な声色だと思えば、そんなどうでも良い事を聞いてくる。奈緒は微かに眉根を寄せた。

「何それ、どうしてそんなの聞くの?」
「んー?何か気になったから。特に意味ないけど」

その最後の一言にムスッとして、奈緒は答えなかった。意味ないんなら聞くな、この男はまったく。

「ちなみに俺は、絶賛爆睡中だな。親いないときなら12時くらいまで余裕で寝てるぞ」
「タク……眠い?もしかして、休憩足りなかった?」

拓郎の言葉に、奈緒は慌ててそう尋ねた。それが言いたかったのだろうか、と勘ぐって。
しかし、当の拓郎はポカンとした様子で、同じく慌てて首を振った。

「いやいや、そーじゃなくって…」
拓郎にしても、奈緒の反応は予想外だった様だ。困ったようにへラッと笑う。
「本当、少し気になっただけ……言わなきゃ良かったな、ゴメン」

なんとなく、気まずげな空気になる。恐らく拓郎の事だから、考えなしに思いついた疑問を口にしただけだったのだろう。奈緒はそれを勝手に、神経質に解釈したのだ。

波長が合わない。

付き合う前から、そして、付き合った後も、何度そう思った事だろう。
それは決して、ネガティブな意味だけではなかった。拓郎は、奈緒には真似のできない考え方ができる。彼の発言に感心したり、気持ちが慰められたりしてきた(突拍子もない呟きやギャグに呆れる事の方が多いけど)。

しょせん自分以外は他人なんだから、波長うんぬんなど、大なり小なり違って当たり前だ。人と付き合うって、多分そういうことだ。何も拓郎だけが合わないってわけじゃない。
しかし、その波長の差が顕著なのは確かだった。

考え方も、物事の捉え方も、奈緒と拓郎は本当にちぐはぐだ。例えば一緒に映画を見ても、二人して着眼する所がまるきり違ってたりする。お互いの感想を聞いて「そんな映画だったろうか…」と妙な雰囲気になったことがあった。
天然ぎみで的外れな台詞を吐く事もある拓郎に、クソ真面目で余裕のない奈緒は冷たい対応をしがちだった。そして、言い知れない疎外感を感じる事が、しばしばあった。

勿論、奈緒は拓郎が好きだ。だから付き合った。本当に自分に「合わない」相手に、こんな感情を抱いたりはしない。
けれど、本当はこの人の彼女になるのにふさわしい人が、もっと別にいるのでは、と思ってしまう。彼の言葉を、阿吽の呼吸で判ってあげられる人が、どこかに。

果たして自分なんかが、拓郎の彼女でいいのだろうか。そう考えてしまうのだった。

「おおい、ごめんなさい。そんな怒らんで、笑って笑って?」

奈緒がそんな思考に沈もうとしているのをよそに、拓郎は軽い調子の台詞を投げかける。奈緒はますますムスッとしてしまう。

「こんな時に笑えないし…別に、そんな怒ってもないよ。イラッとしただけ」
「アラ…まぁ、そりゃそうか。笑ってる場合じゃないもんな…」

拓郎の声色が、すまなそうな調子をおびる。
このプログラムから抜け出す。そう方針を決めたが、二人は開始して間もなく軍人から睨まれる事態になっていた。不審な行動をとれば、禁止エリアに関わらず首輪を作動させる。そう明言されたも同然で、以降は校舎をさまようばかりだった。

軍人達が把握しているのは、どうも生徒の現在位置だけではないらしい。その得体の知れなさがあって、大それた事ができない。
その間も見知ったクラスメイトたちの死が発表され、奈緒は不安と焦りを募らせていた。

「けどさ、気ぃ張り過ぎるのも、良くないんじゃない?そういう訳で、今たらふく食べたい物の事でも考えようぜ」
「またそうやって…」
「気分転換だって。転換、ね?…あー、ポテト食いてぇ。埋もれてぇ」

拓郎は、奈緒の有図の効かない性格を知っている。いつもこうして茶化しては、奈緒の調子を狂わせてきた。
それに何度もイラつき、何度も救われてきた。



*  *  *



中学の二年に進級した頃のこと。
親の意向で奈緒は塾に通うこととなった。反感は持たなかった。二人の姉も中学から塾入りしていたから、自分もそうするのが自然だという考えだった。奈緒自身、勉強に遅れを取りたくなかった。

そこは規模の大きい塾で、他校から通ってくる生徒たちも多い。が、奈緒があたった教師は最悪だった。お気に入りの生徒を4、5人可愛がる一方、不興を買った者を目の敵にする。
奈緒は見事、その筆頭者となった。きっかけは、黒板に書かれた誤字を指摘した。ただそれだけ。




.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ