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□終盤戦
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矢部樹弘(男子19番)は重苦しい空気の中、己の率直な要望を口にするか否か迷っていた。

樹弘は北東校舎の講堂に、このプログラムが開始してより一緒にいる友人たちと共にいる。その四人の友人たちの間には、不安と困惑の入り混じった重苦しい雰囲気が漂っていて、そんな空気にしたのは他でもない自分だった。

藤岡圭太(男子15番)と高原乃慧(女子7番)の二人を探しに行くべきだ、という樹弘と、しばらくここで待ち続けるべきだ、という石黒隆宏(男子2番)とで口論になったのだ。

もし、今この時にも助けが必要になってるとしたら?この瞬間にも駆けつければ、まだ間に合う。二人の身にそんな危険な事態が起きてるのだとしたら?

「そうだとしても―」
樹弘の不安に、隆宏はこう返答した。
「圭太も乃慧も、はっきりと自分で決めて別れたんだ……あいつらは最初から戻らない気でいたのかもしれないだろう。だから……これが二人の――」

その先は、言わせなかった。
二人の何だというのか。選んだ道か。確かに圭太も乃慧も、己の危機を顧みないような道を選択した。例えこのプログラムにのったクラスメイトにも、自ら接触するのだと。特に圭太は、「そうしたいんだ」と、はっきり言っていた。

でも、それじゃ会いに行っちゃダメなのか?無事かどうかもわからないのに。
ここで、このまま待ってなきゃいけないのか?「来ない」んじゃなく、「来れない」のかもしれないのに。
まるで、見捨てるように。「二人が良いっていったんだから」と、そんな言い訳で、諦めるかのように。

そんな感じで一方的に捲し立て、そうして、今に至るのだった。

わかっている。タカの言葉の方が、的を得ているのだ。探しに行けばすれ違いになりかねない。探索組と残る組とで二手に分かれたとしても、結局離ればなれとなってしまう。なにも変わらない。
だけど、ふたりは一向に現れる気配がなく、そんな中でただ待ち続けるのが苦痛でしょうがなかった。その息苦しいような不安が、樹弘の頭に血を昇らせてしまった。

何とかかんとか宥められ、落ち着きを取り戻してくると、恥ずかしさと後悔で身が縮まる思いだ。圭太と乃慧が心配なのは、何も自分だけじゃないのに。

夜の真っ暗闇は、ケータイに付いたライトによってほんの僅か照らされている。そんな中で樹弘はそっと、仲間の様子をうかがった。
菅野優也(男子8番)と南小夜(女子17番)は引きつった表情で腕時計を見つめていた。まるでそこから、まだ来ない二人がニョキリと出現するのを待っているかのように。渡辺凪(女子21番)はそんな小夜たちを見てたが、樹弘の視線に気がつくと目を合わせた。少し寂しそうな表情をして、傍らのタカへと視線を移す。そのタカはじっと目の前の空中を凝視して動かない。

樹弘が何といおうと、頑として自分の意見を曲げなかった隆宏。ある意味で圭太と乃慧を切り捨てるような発言をしてはいるが、友人に対して情の欠片もない男などではない。

タカはいつもそうだった。冷静沈着で、自分たちとは頭一つ飛びぬけたような考え方をする。テストの成績が良い、というのとは違った頭の良さを持っていて、樹弘は日頃から「コイツには敵わない」という意識を持っていた。
例えば教師のそれとない発言とか、配られたプリントのさりげない一文とかから、その裏にひそめてある意味をすっかり見通してしまうのだ。
そんな要領のよさを持っているからか、行動にも発言にも、逐一迷いがない。

実際いま、タカの表情からは樹弘のような後悔や憤懣は見受けられない。どこかを睨むようにしているが、恐らくは何かを考え込んでいるのだろう。

一方で自分は、己の失言の数々に迷いまくりであった。
それまでポツポツと出ていた軽口や冗談も、すっかり消え失せている。そんな空気になったのは自分のせいだ。それを思うと樹弘は罪悪感でいっぱいになった。
だけど……

静寂の中、時間は更に過ぎていった。
小夜がしっかり両手で握った腕時計を見おろしながら、そっと重いため息を落とすのがわかった。億劫そうに姿勢を変える。

「……パンツ、見えたぞ」

ぽそっと優也が小夜に呟く。小夜はそんな優也をじろりと睨んだ。口を開いて何かいいかけ、しかしなにも、そこから出てこなかった。

「……」
「……」
「……ご、ごめん…ちょっと、肩の力抜ければと…」
「……あ…うん。だいじょぶ……いいよ、パンツの一つや二つ…」




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