OBR

□中盤戦
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「最近の子どもは、恐いよなぁ…」

父屋三蔵(担当教官)がぼそりと呟くと、そののんびりとした口調に反応した部下がいらいらと振り返った。

「なに、のん気な事いってんスか?!」
こっちはくっそ忙しいのにー、と悲劇的な声色をあげて、亜新はパソコンの画面を睨みつける。

日が落ちてからここのとこ、プログラムの管理施設となった大学寮の一室では電話の音が鳴り響き、生徒の監視役でさえその対応を余儀なくされるほどであった。開始直後の昼間から夕方にかけての平和さが、嘘のようだ。

電話もメールも嵐のよう。しかしその内容は、ほぼ同じだ。どいつが死んだかだの、どいつはまだ生きてるか、だの。

「開始してからはね、やっぱり皆さん、遠慮して連絡はしないんですよ。始まったばかりで、私たちも色々大変でしょう?」

そう言ったのは母沢だ。父屋と同期の彼女は、プログラム担当をもう何年も経験している。

「けど始まってこの位経てば、私たちにも余裕が出てきますし、ある程度の進行は確実に出ていますから、じゃんじゃんくるんですよ。お伺いの電話が。今回はちょうど、皆さんのお仕事も終わる時間帯ですしね」

「ふーん、ほーう、成る程ねぇ…自宅でビール片手に、自分の掛け馬どんなあんばい?ってか!くそ!」

「亜新ちゃん。お口が悪いわよ」

「何よ何よ!こっちだって見たいドラマ我慢して寝苦しい雑魚寝部屋でお風呂のお湯もロクに使えないで!クソの囚人生活みたいな待遇で頑張ってんのにさー!邪魔すんなっての!」

「それも仕事だよー、亜新」

「トイレは臭いし!ご飯はほとんどカップ麺だし!ビールどころかお茶沸かして飲む暇もないし!っていうか何でお菓子がかりんとうと柿ピーの二択!?せめてあんドーナッツにしてっつったべや!もーー!」

その時、亜新のデスクの電話がなった。とたんに険悪なオーラを消滅させ、カチャリと取り上げて紡いだ口からは「こちら、第23期会場本部でございます」と発せられる。見事に落ち着いた女性の声であった。

父屋はそれを見やってから、「フー…」と再び正面のモニターに目を戻した。無数にあるモニターのうちの一つ。プログラムに見事選出された三年B組全員の名前がのっている画面だった。
現時点での生存数は、26。15名の生徒が脱落している。

「ヒマ疲れですか?」
母沢はニコニコしながら、そっと声をかけた。はっはは、と父屋は苦笑した。
二人の経験上、今回の管理は亜新が泣き喚くほどの忙殺さは無かった。本当に忙しい時の有様は、こんなものではない。ほぼ新人である彼女らと違い、父屋と母沢にとっては楽々としたものだった。

「いやぁ、これでも忙しい…と思いますよ」
「そうでしょうか」
「どうでしょう」
「しかしこの様子だと……皆さん、あまり注目されていないようですけど」
「仕方がないよねぇ」

何しろこのクラスは、有り体に称すれば、花が無い。学力は中の下がほとんど。部活動においてはちらほらと優秀な成績を持つ者もいるが、かといって国体クラスの化け物というわけでもなし。

ことプログラムにおいて、渡辺凪(女子21番)のように全国模試の50番台に名を連ねようと、町田耕大(男子17番)のように全道大会で優勝経験の有る実力の持ち主だろうと、それが意味を成すとは限らない。
しかし何かしらの成績は、確かにその個人の能力を表したものではある。優勝者を予想する側(母沢のいう「皆さん」のことだった)にとっては、一番手っ取り早い判断基準なのは確かだ。

「今回は散々『地味だ』とか『パッとしない』とか言われたよ」
「あらまぁ…浮かばれないですね。この子達も」
「そんな事はないさ。これと言った特徴がないってのは逆に、何が起こるか判らないということでもあるしね」

悪く言えば花が無いが、良く言えば純粋な掛け帳場である。注目する人はしてるだろう。
しかし父屋は、こういうパターンが一番苦手であった。一見して何の変哲もないクラスであるほど、プログラム内での豹変ぶりが激しい。それは決して、眺めていて気分の良いものではなかった。

「はーっ。何かコイツら、決定打になるヤツがいないっていうか。やる気あんのかっていうか」

電話対応を終えて素に戻った亜新がブーブーと不満気な声を上げた。戻らなきゃいいのに、とかすかな悲しみに暮れながら、父屋は可愛い我が子(自称)に言う。

「決定打かい?そーんなの、まだまだこれからじゃないか」
「つっても、一番星の期待が未だにスコアゼロですよ、ゼロ。…もしかしてコレ、長引くんじゃないですか?」

亜新が訴えながら指差したのは、能登谷紫苑(女子11番)の名前だった。プログラム開始前より唯一、確実なやる気を見せるだろうと予測できた生徒だ。彼女は開始して早々、その予測を実現させた。が、亜新の言うとおり結果には結びついていない。




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