OBR

□中盤戦
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校舎に響く銃声が、マシンガンであると気づいた時、

「…どうする?」

傍らの高原乃慧(女子7番)はそう訊ねてきた。少し考えてから、それにきっぱりと告げる。

「行ってみよう。教室じゃなくて、音のほう」

よかった、と頷く乃慧に、藤岡圭太(男子15番)は頷き返した。

それから数十分が経ち、時刻は9時を迎えようとしている。二人は、別行動を取った仲間たちとその時間に会うという約束をしてあった。このままマシンガンの元へ向かえば、確実に過ぎてしまう。
しかし今、約束通りの待ち合わせ場所へ向かうのは見当違いといえた。夕暮れ時にそこで別れた仲間達も、マシンガンを持っているからだ。

彼らの身に、それを使わなければならない事態が起きてるのかもしれない。発砲音は、その可能性を告げていた。
それに、例えみんなが関わっていなくても―そのマシンガンが、別の「やる気」の人物だったとしても、圭太はそこへ向かう気でいた。

暗闇の中、乃慧はひどく青ざめている。怖いのだろう。さっきまで一緒だった友だちが死に瀕しているかもしれない。そうでなくとも、マシンガンを打ち込むような危険人物がいる。そんな所へ、いま赴いているのだ。

「どうする。こっから先は一人でも、俺は構わない」

強要をさせないよう、なるべく落ち着いた口調で言ったが、乃慧はきっぱりと首を横に振る。

「いやだ、行くよ……誰がいるのか、確かめなきゃ」

そう言うなり、決死の表情で口を真一文字に結ぶ。
プログラムというこのふざけた殺戮を何が何でも止めようと決めた圭太は、ここで引き返すつもりは無かった。それが仲間と別れてまで掲げた目的だったから。

だけど乃慧の目的はそうじゃない。「会いたい人」がいるのだという彼女までが、そんな危険な目に合う必要は無かった。

「危ないとわかっててもかよ?」
「え、今更だよ。っていうかそんなの圭太もでしょ」
「でもその、乃慧の会いたい人とは限らないんだし」

圭太は少し迷ったが、思い切って口に出すことにした。友人の「好きな人」に対する好奇心と、緊張をほぐしてあげたい思いからだった。

「ずばり聞くけど……探してる人って、町田か?」

そのとたん、一文字だった口をパカーンとあけて乃慧は圭太を凝視した。気まずく思いながらも、圭太はそれが正解である事をしっかり悟った。

「町田がいるとは考えにくいよ。あいつがこんなのに乗って、人を襲うとは思えないだろ」
「まっま待って待て待て、何で知ってるのよ、きみ?」
「いや、何となく」

まるで熟してくトマトのように、乃慧の顔色が変わっていくのが分かった。ここまで暗くなければ、まっかっかの顔が拝めただろう。
町田耕大(男子17番)はスポーツマンシップの塊りみたいな性格のやつだから、きっとこの理不尽なプログラムに反発している。少なくとも圭太の知ってる耕大ならば、だけれど。そう思ってくれてるはずだ、と信じたかった。いまこうして顔を真っ赤に染めている女の子を前にすれば尚更。

「うーわわわわ恥ずかしい…穴があったら……って言うか穴掘って埋めてやる…」
「いや…どっちみち、会ったらもうわかるだろ」
「そうだけど、いきなり過ぎ!思いついたみたいにズバッといってくるのもどうかと思う。こんな時にさ!」
「気が紛れるかと思って………ごめんな」

予想以上の慌てぶりに申し訳なくなって、思わず謝った。いいしれぬ「やっちまった感」が漂う空気の中、乃慧が恨めしげに呟いた。

「謝るんなら、初めから言わないでよ」

それは、聞き覚えのある台詞だった。
他ならぬ自分が、あの子に対していった言葉だ。懐かしさが込上げて、息が詰まりそうになる。

「あ、まぁ…いいけどさ…考えてみれば、もういいんだよね、別に…」

一呼吸置いて落ち着いたのか、乃慧は力なく呟いた。黙り込んでしまった圭太を気遣わしげに覗きこむ。

「隠したり照れたりしてる場合じゃないもの……ね、そこまで気にしなくっていいから」
「ああ…うん……」
「どうかしたの、圭太」
「いや何も」

そっか、と乃慧が返して会話が終わる。二人はしばらく無言のままで廊下を進んだ。小さな二つの足音に、それぞれの思考を載せて。

「圭太には、いないの?」

階段にたどり着いたところで、おもむろに乃慧がそう訊ねてきた。何だろうと思って圭太は彼女の顔を見る。

「会いたい人…B組にいないの?」
「好きな人か?」
「…ウン」

一段、また一段と降りながら圭太は足元に目を戻す。スニーカーが向かう先の階下は、闇に包まれている。

「いたよ」

少しだけ考えてから、圭太は正直に答えた。乃慧は想い人を白状したのだし、今度は自分の番だと思った。
彼女の言うとおり、もう隠す理由も照れる必要も無い。そう考えると、不思議と話してしまいたいと思っている自分に気がついた。




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