OBR

□中盤戦
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「さむ…」

真中みどり(女子15番)はもぞりと口を動かして、無意味な独り言を呟いた。
彼女がいるのは屋外。北東校舎側にある運動場に位置した。元々ラグビーだかサッカーだかをやるフィールドだったのかもしれない。ゴールのポールみたいなものが、干からびた芝生の地面にもの寂しく刺さっている。

もう数時間前の日が昇っている頃、何となく閉めきった場所にいることが落ち着かずに彼女は外へ出ていた。ちょうど窓から目についたのがこの運動場だった。といっても、校舎の中から丸見えなフィールドへ突っ立ってるのもアレなので、死角になるような場所を探したのだが。

運動場から外れて鬱蒼とした木立ちを行くと間もなく、有刺鉄線つきのフェンスが延々と続いている場所へ出た。どうやらそこがこの「会場」の僻地であるらしかった。フェンスの先は木や薮しかなく、一見して人里はなれた山の中のようだった。

しばらくフェンスの傍でウロウロしていたのだが、今はもう一切近づく気は無かった。フェンス越しの木立ちの間に、軍服姿の人影が見えたのだ。あの教官とかいう男が「会場の外へ出たら射殺」と言っていたの思い出し、一目散に逃げ出した。

そして夜になった。辺りが山間部だというのなら、日が落ちてここまで冷え込むのも頷ける。しかし明るい内ならともかく、こんなに暗い中で校舎から見つかるような事にはならないだろう。みどりはそう踏んでいた。というか、勝手に決め付けた。

クラスメイトが殺し合いになるという事態を悲観するほど、みどりはB組に思い入れがあるわけではなかった。
一番腹が立つのは当然、プログラムなんかを仕組んだあのハゲ男どもだ。いきなり人をこんな所に連れてきて、なにが殺し合えだ。お前が死ねゴミ人間。
とはいえ、そんな事を吠え立てても殺されるだけなのは証明済みだった。生き残りたいのなら、殺すしかない。ゴミクズ人間の言いなりになって人殺しなんて、ほんと世の中ロクな事ないわ。
生き残るには仕方ないしそれでもいい。みどりはそう思っていた。

というのも、クラスに一人殺してやりたい奴がいるからだ。

知らない間に死んでくれても、全然OKだった。とにかくこんな機会はまたとないのだから、見つけたら迷わずズタズタにしてやるつもりだ。

一度だけ、そいつを呼び出し面と向かって文句を言ったことがあった。
彼氏に親しい女友達がいて、しかもしょっちゅう話題に出てくるとなれば、誰だって面白くない。そうじゃないか?最初こそ、そんな時は彼氏の頭を張り倒し「トウヘンボクのくそ野郎。へし折るぞ」とでも罵って、それで終わりだ。
けれど、休み時間の廊下に彼氏とそいつが話し込んでいるのを見てから――その時のそいつの顔を見てから、怒りはそいつにも向けられるようになった。

だからこれは、本当にいい機会だと思った。

もっとも殺すったって、自分に支給されたのが手裏剣というおもちゃのようなものだったので、それすら満足にできないかもしれないのだが。
四つ葉型の、よく漫画で見るようなやつ(っていうか漫画でしか見ねーよこんなの)。あいにく忍術学園の生徒でもなんでもないので、使える気がしなかった。

ここにはやつがいる。彼氏はB組ではなくA組なので、ここにはいない。今頃何を思ってどうしているのだろう、あのトウヘンボクのくそ野郎は。
初めて会ったときは「何だこいつ」としか思わなかった。

行きつけのアイス屋の前で声をかけられ、ナンパだと思ったら告白だった。有体に言えばそれが始めての出会いの全てだ。それまでそいつが誰なのかも、同じ学校の人間であることすら知らなかった。ふざけてからかってるとしか考えられない状況だった。
しかしまぁ、ヘラヘラしてるし何でも言う事ききそうだからいいか。つまらなきゃそれきりサイナラでいいんだし。そう結論付けて試しにデートを承諾してみた。

「あたしの何が良かったの?」

自分の容姿を特別良いと思ったことはない。路上で突然告白される機会なんて、たぶんこの一回きりだろう。その動機が自分のどこにあったのか、単純に知りたかった。
うん、と(見ためは)嬉しそうに笑って、そいつは言葉を探すように少し黙った。

「アイスの女王なところ」
「ああ?」
「いつも、いっち番おいしそうに食べてるから」
「ふざけてんの、おまえ」

怒りを込めて唸ると、相手は勢いよく首を振る。真顔できっぱりと同じ言葉を繰り返した。

「ふざけてない。あの、上手く言えないけど、こんなに可愛いって思える女の子、初めて見た」
「やっぱふざけてるでしょ」

確かにみどりはそのアイス屋の常連で、ほぼ毎日通うほど大好きだった。種類もいっぱいあって楽しいし、親が用意する冷凍物のご飯の百倍はおいしかった。あれが夕飯で十分だった。



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