OBR

□中盤戦
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美島恵(女子16番)は根っからの楽観主義者だった。
あくまで他の人と比較すれば、の話しだったけれども。このプログラムという非情な現実を「まぁ、いいか」と流す図太さはさすがに無い。しかし、小さな頃から「能天気だね」「のん気者だね」と言われ続けてきた事を考えると、それは根っからの気質なのだろう。

だからか、恵は物音に気づいていたにもかかわらず、それに何の関心も持たなかった。ただの気のせいか、あるいは自分にとって些細な事でしかないと頭から思い込んでいた。

「伏せろ!」

隣りを歩いていた飯塚空(男子1番)が突然叫んだ。同時に思いっきり突き飛ばされて、恵は訳が分からないまま床に倒れこんだ。小さく悲鳴をあげる。

ズドン

弾けるような銃声が、そのちっぽけな悲鳴を掻き消した。
近い、なんてものじゃない。まさにこの場所であの音がした。佐藤千夏(女子5番)と別れた直後に聞えた轟音。それが今しがた通り過ぎたばかりの廊下からした。目と鼻の先だ。
恵はすくみ上がる足を何とか動かして身を起こす。銃声のした方へ必死に目を凝らした。

振り返った廊下の中間、ちょうど縦と横の廊下が交差する十字路の角に、黒い学生服が半分だけ姿を見せている。

ズドンッ

まぎれもなくその場所から、火花と銃声が鳴った。恵は一瞬でパニック寸前になった。銃!?撃ってきているの?こんな、何もない所に立っていたら当たってしまう。勿論、大怪我では済まされない。
死ぬんだ。

「何だよあれ、誰だ!?」
「はやくっ、いいから、早く逃げ―」

三度銃声が鳴り響いて、二人の真横から派手な衝撃音が上がった。ドアの木片がはじけて、細かい粒が恵の足をいくつも掠った。その場から二人は戦々恐々と飛び退いて、手近の壁の入口から中に避難した。恵は左側の教室へ、空は右側の教室へ。

一瞬の間の後、銃声の方向からタイルの床を踏む足音が聞えてきた。銃の人物が、こちらへやって来ている。部屋に追い詰められたら、逃げ場もなく狙い撃ちにされてしまう。廊下をはさみ向こう側へ避難した空にむかって「どうする」と口だけ動かす。

見返してくる空の顔は真っ青で、彼もまた怖くてたまらないのだというのが容易に見て取れた。
「おい!ちょっと待てよ!」
意を決したように、すぐさま空がそう声を張り上げた。恵にではなく、近づいてくる銃人間に向けての言葉だった。

「こっちはプログラムなんてそんなの、やる気はない!ほとんど丸腰なんだ、誰も殺せやしないし、お前をどうこうなんて考えてない!だから止めろって!」

返事はなかった。足音も止んで廊下の向こうはしんとしている。今のうちにこの場から逃げるべきか、自分も誰かに向かって声をかけてみるか。じりじりと迷った恵は息を殺したまま、そっと入口から顔を出して廊下を見た。
とたんに、ズドンッと容赦なく銃声があがって恵のほんの数十センチ横の床に銃弾が命中した。
声のかわりに心臓が口から出るのではないか、という勢いで鼓動が跳ね上がり、恵は身を竦ませながら教室の後ろへ下がった。

「しくったな、飯塚。美島はともかく、お前に走って逃げられたら、俺じゃ追いつけないのに」

廊下から返ってきたのは、そんな言葉だった。
その言葉で恵は悟った。この人も一緒だ。最初に会った尾方朝子(女子2番)と、さっきの千夏と。
恐怖のあまり涙が滲む。どうして、そんな簡単に人を殺そうなんて思うのだろう。生き残るためだとしても、死にたくないからだとしても、相手はクラスメイトで、友だちじゃないか。なのに。
もう元に戻らないのだろうか。昨日までのB組は。まるで誰も彼もが、自分の友だちを忘れてしまったみたいだ。

人殺しなんて怖くない。

恵はそんな雰囲気を感じ取っていた。朝子から。千夏から。そして目の前の銃人間――日笠進一(男子14番)からも。

「ふざけんなよ、こんなのにやる気になるなんて、頭おかしいんじゃないのか!?」
「おかしくていいよ、別に。それで家に帰れるんなら」

恵はそこではじめて、進一の足音が止んだのでなく、音を殺してこちらにやって来ているのだと気がついた。彼の言うとおり、もう走って何とか逃げ切れる状態じゃない。このままでは撃たれてお終いだ。
―もう、諦めようか。
プログラムに選ばれた時点で、運が尽きているも同然だし。いつ終わるとも知れない苦痛の中を、ズルズル過ごしていくなんて耐えられない。無理して耐えなくてもいいじゃないか。

「この、馬鹿野朗!」

次の瞬間、空がそう絶叫して進一の方へ飛び出した。その思いもよらない行為に驚いて、恵は目を見開いた。同時に強い焦りを感じる。
駆け出した空の姿はあっという間に見えなくなった。そうとわかった時には、お腹の中にまで響く程の大きい銃声が耳を劈いた。



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