OBR

□中盤戦
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北東校舎の一室で、能登谷紫苑(女子11番)は会場地図をじっと確認していた。すでに禁止になったエリアは黒のサインペンで丁寧に横線が引かれ、これからなる予定のエリアは、蛍光ペンでやはり丁寧に色がつけられている。
しかしこうするだけでは不十分だ。何しろ人を殺すときには、じっくり地図など見てる余裕はないだろうから。とっさに思い出せるように、頭に叩き込んでおかないと。
早いところ誰かに会ってまともな武器を調達したい所だ。しかし寮を出発した直後にあった名取準(男子12番)以来、誰とも接触できずにいた。

紫苑には確固とした意志があった。「家に帰る」でも、「生き残る」でもない。
優勝する、という意志だ。
国家を挙げての戦闘実験に自分が選ばれたのだ。それなら命をかけて取り組むのが、国民として当然の義務である。

優勝といっても、実際にそれを成し遂げるのは並大抵のことじゃない。スカート丈の背中側にさしたデリンジャーは意外と心もとなく、生徒の数もまだ多い。始めのころは相手を選びながら、慎重に行動しよう。そうやってある程度数が減るのを待つ方が効率がいい(こんな言い方みんなには悪いけど)。当初紫苑はそう考えていた。

しかし今回の放送を受けて、紫苑はその考えを覆した。死者は5人。こんなペースでは先が見えない。
国家のためとはいえ、殺人と言う行為が楽しいわけがない。精神肉体ともに消耗しながらの長期戦は、体力のない自分には不利になる。この喜ばしくも悲しい殺し合いを、長引かせる気はない。
それにこれは、戦闘実験なのだ。進んで行動しなきゃ何の成果も挙げられない。それじゃせっかくプログラムに参加できているのに、何一つ貢献できてない。

それだけはダメだ。この身はもう、ただで滅ぶわけにはいかない。

今現在、単純に考えて自分が優勝できる確率は1/32なのだから、低い可能性だ。一瞬の過ちで、自分の人生は終わる。もう家に帰ることも、高校や大学へいくことも結婚をすることもできない。残念だけれど。
だが、例えそうだとしても、このプログラムで得られるデータが大東亜国の将来へ紡がれていく。何らかの形で、この国の役に立つのかもしれない。紫苑は生き残っても、ここで死んでも、その身をもってこの国に貢献した愛国者として己を誇れるのだ。その資格があるのだ。

とはいえ何の恨みも、ましてや何の罪もないクラスメイトたちを手にかけるのは、とても辛い事だ。何度も夢に出るだろう。優勝できて元の日常に戻れたとしても、一生消えない最悪の思い出を死ぬまで引きずる事になるだろう。

紫苑はいくつかレ点の入れられた、生徒名簿の紙に目を通す。親しんだ名前たちと、それと一緒に浮かぶみんなの顔に、かつての記憶がよみがえった。
三年に上がった初日の、どこか照れくさそうだけどいつもの風景な教室。盛り上った学校祭。おしゃべりがうるさい授業中と、さすがに静かなテスト中。そして数時間前、謎のしりとり大会が始まった、修学旅行のバスの中…
紫苑は首を振る。考えても仕方がない。考えないようにする他ない。

―だって、この国の決めたことの方が、大事に決まってるもの。



『紫苑。気をつけていってらっしゃい』

それは今朝。旅行支度を済ませた紫苑が玄関へ向かおうとした時に、母親にかけられた言葉だった。紫苑はいつものように返事をした。

『はい、4日間留守にいたします。いって参ります』
『お前は私たちの誇りだ、紫苑』

紫苑は驚きに口を開けた。父親が出し抜けにそう言ったからだ。
父は毎日を仕事に忙殺し、妻にも娘にも必要最低限のことでしか声をかけない人間だ。日々を国のために働いている公務員である父が、家庭を配偶者に一任させることは当然だった。母は父を崇拝しているし、そんな彼女に育てられた紫苑も当然、父親を心の底から尊敬している。

『頑張りなさい、待っている』

戸惑いの次に現れたのは、それをはじき出してしまうほどの喜びだった。そんな風に思っていてくれていた。紫苑は声が上ずりそうになったが、何とかまともに『は、はい。ありがとうございます』と返し自宅を後にした。



紫苑はそのときの舞い上がるような気持ちを噛みしめた。
恐らく父は、仕事の伝で自分の娘がプログラムに選ばれた事を知ったのだろう。そうでなければたかが修学旅行であんな声をかけるはずがない。
待っている、と言ってくれた。わたしが一国民としてプログラムに励み、生き残って帰るのを、父と母は待っている。

それなら、迷うことなどない。国民として、愛すべき祖国に恥じぬ行いをとる。

自分にはそんな機会を与えられたのだ。十五歳という年齢は、本来なら行政にも国営にも関わる術のない子どもでしかない。そんな自分が、この若さで国のために働ける!

―なんて幸せなことだろう。

紫苑は一人、その端正な顔をほころばせた。花のように。







【残り 30人】







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