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□中盤戦
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豊永正和(男子11番)は地図を何度も確認しながら北西キャンパスの廊下を歩いていた。勿論地図ばかり見ていられない。いつどこから武器を振りかざしたイカレ野朗が飛び出てくるか判らないので、首を上下左右へ落ち着きなく動かしていた。

正和には目的地があった。この究極的に笑えないサバイバルゲームが始まって6時間弱、ようやく正和はそこへたどり着こうとしていた。何しろ場所を見つけ出すのにも、そこへ移動するのにも時間をとられたからだ。

そこというのは、正和の支給武器だった。何の変哲もない、部屋の鍵がひとつ。
ちゃっちい紙の小箱に入れられたそれを、初め正和は自分の武器だとは思わなかった。けれどもデイパックをしつこくかき回しても、他に武器らしい物はひとつも見当たらない(そもそもデイパックの中からよく見つけれたもんだ。それくらい目立たなかった)。なのでそれが自分に与えられた得物なのだと認めざるをえなくなった。
同封されてるメモ用紙には何の説明書きも無い。それは何かの地図だった。恐らく、今手元にある会場地図のどこか一箇所を絞って拡大コピーしたものだ。一つの部屋が、赤いマジックで無造作にかこまれていた。
見る限り、その部屋の鍵なのだろうと推測できた。

正和は会場地図とメモの地図とをよく見比べ、それがどの場所なのかを探した。四角く並列する部屋と似た造りの廊下ばかりで苦労したが、何とかそこが北西キャンパスの二階であることを知った。他にする事も無い。所詮、何処も安全じゃない。延々と悩んだ末にそこへ向かう事にしたのだった。

一体何の部屋やら。食いもんとか武器とかの倉庫だったりして。そうでなくても、内側から閉じこもってしばらくやり過ごす事ができるかもしれない。禁止エリアとかいうのがあるからあんまり期待はできないが、一時的なら。

―壊してこじ開けられたら、袋のネズミじゃん。

正和はそうなった場面を想像して身震いした。やっぱパス。

正和はこんなプログラムに放り出された今になって、自分の一人ぼっちさ加減に気がついた。よく考えれば、「こいつと合流しよう」と思うような親しい友人が、B組にいない。ことごとくがA組か他校だ。我ながらいうのはおかしいけど、おれってこんなに友だちイナイ人間だったのか。

―そういやおれ、女の子とばっかりつるんでたしな…

正和は普段男子グループと話したいとは思わなかった。嫌いなわけではない。女子の方が好きなだけだ。男と喋ってるよりは女とお喋りしているほうがずっと楽しかった。理由なんてもはやわかりきっている。男と女だもの。ね。

それでも一番つるんでいたとしたら、クラスのまとめ役的な仲良しグループだろう。とっつき易く、何より男女混合で仲良しだったから、複数の女の子とわいわいできた。しかもクラスで浮く事無く。渡辺凪(女子21番)や石黒隆宏(男子2番)といったドライな方々からの目線は弱冠冷たかった気もするけど、後の面子とはよく話していた。

まぁ今この状況で、あんな大人数でいられる度胸はない。そこまで親しくもない。

今の正和にあるのは、死んでたまるかという気持ちだけだった。そこには殺人への決意も無ければ、躊躇も同じように無い。プログラムなんてやってられるか。はやく家に帰らせろ。

「きゃぁ!」
「うわっ!」

前方にのびる廊下。並列する入口の一つから突然現れた姿が大声を上げた。それに脅かされた正和も同じ動作を取る。肩までの髪とセーラーのスカートが揺れるのが目に入る。

「あっちゃん…?」

その女子を見て思わずいつもの呼び方がでる。途端に少しだけ気持ちが落ち着いた。正和の前で目を丸く開いてるのは橋本亜美(女子13番)だった。

「マサくん」

亜美は小声でそう返すと、深く息をついた。細身の肩がゆっくり沈む。
良かった。正和は心の中で一人ごちた。亜美とはしょっちゅう話す間柄だ。クラスの中でも愛くるしい容姿と仔犬のような人懐こさを持つ彼女は正和のお気に入りの一人だった。他にもB組にはずば抜けた美人が二人いたが、一方はかなり我が強く、もう一方にいたってはお固過ぎて全く相手にされなかった。よって正和の中では、下ネタすらニコニコと言い合える仲の亜美がNo.1だった。

「…なぁんだ、マサくんか…あぁよかった」

「なーんだってか」

「だ、だって…ほんと、良かったぁ」
亜美はいつもの声色でそう言った。しかし真っ先に赤らめた顔を見れば、泣き出しそうになっているのがわかった。
「他のひとだったら…私、もう…テンパって…」

正和は軽く息をついて笑った。「正直、おれも」と返すと、亜美も泣き笑いを返す。

―こいつなら、良かった。いつも通りに接すれば、上手く丸め込めるはずだ。




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