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□中盤戦
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 北東校舎一階にある、視聴覚室。そのドアが静かに開くと、二宮咲枝(女子10番)の怯えきった顔が現れた。
 咲枝は素早く廊下を見渡し、怖々と部屋から出て歩き出した。

 クラスで一番小柄なその肩には不釣合いなデイパックが下がり、(私物で必要なものは全て入れ替えた。自前の古くて小さな物には入らなかった)手にはこれまた不釣合いな、細長い武器が握られている。それは鞘におさめられた日本刀だったが、咲枝はほとんど抱えるように持っていたので、のぼり棒にしがみつく小学生のようだった。

 咲枝は不安でいっぱいだった。足を進めては見たものの、本当に上手くいくのか、うまくやれるのか、まるで自信が無かったのだ。でも、決めた。

 わたしは、みんなを殺す。
 殺しぬいて、最後の一人になる。

 ひどく難しい事だとは、分かりきっていた。だって、ドッチボールではのっけから当てられて外野行き、鬼ごっこも隠れんぼも逃げ切ったことなんか無い自分だ。
 それとははるかに桁違いの、本当の殺し合いで一番にならなきゃいけない。

 いつもの咲枝なら、そんなのは夢のまた夢。絶対にムリだと諦める(何しろ諦めるのには、慣れっこだ)のだが、命のかかったこの状況ではいつも通りにはいかなかった。

 咲枝はどうしても、帰りたかった。この世で一番嫌いなあの家に、こんなにも帰りたいと願う事になるなんて。
 本当は誰かを殺して回るなんてしたくはない。一番殺してやりたい人物は、自分の帰る家にいた。

 咲枝は父親と二人暮らしだった。母親はいない。とうの昔に、暴力を振るう夫から逃げ出していて、運の悪い事に、咲枝も連れて行くという気はおきなかった様だった。
 父親は酒も飲まず、賭け事もしない。静かな男だ。
 黙ったまま、物を投げる。黙ったまま、面を張る。髪をちぎる。背中や腹を蹴り上げ、熱湯をかける。椅子を投げられたり、包丁を投げつけられたこともあった。咲枝にとって、それが普段の父だった。

 最も恐ろしく、日常で細心の注意をはらっているのは、奴を怒鳴らせないことだった。年に数回あるかないかの「その時」に、咲枝は幼いころから始終怯えていた。(注意を払うといっても、奴の機嫌が悪い時は自分ではどうしようもないのだけど)
 「ふざけるな!」とか「くそったれが!」とか一度吼えると、気が収まるまで執拗に殴られ蹴られた。二、三度病院に運ばれた事があったが、家で二人きりになったときの事を考えると恐ろしく、何を聴かれても答えることができなかった。

 その気になれば、この男はきっと自分を殺すだろう。

 その思いが、病院の人や担任の戸市の真摯な面談に嘘で応じさせていた。
 何度も家出を考えたが同様に、もし見つかったら、もし連れ戻されたら、と思うと怖くてできなかった。一緒にいれば、いつか何かのはずみで殺されるかもしれないし、そうでなくても暴力を振られるのは分かりきっている。
 分かりきってるのに結局、咲枝はあの家に戻っているのだった。恐怖に勝てなくて。

 そんな日々の果てが、これ。
 咲枝は、今まで感じたことの無い怒りを覚えずに入られなかった。

 嘘でしょう?こんな、プログラムだなんて。生きられるのは、一人だけだなんて!ここで死んだら、わたしの人生って一体なんだったの?何のために、あんな毎日に耐えてたの?
 普通の家庭の楽しく温かな思い出など、咲枝は欠片も持ってはいなかった。数少ない友だちである園部優紀(女子6番)や横森真紀(女子20番)と過ごす、唯一の安らかな時間も「これが終われば家に帰るんだ」と言う思いで半分も喜べなかった。(優紀の死体は、その前に死んだ坂内邦聖(男子9番)や北島智見(女子3番)より衝撃だった)

 どうしてなんだろう。私は普通に日々を過ごしちゃいけないというのか。あの悪魔のいる所以外じゃ、私は生きてはいけないって事?
 そんなの、おかしい。嫌だ。こんなところで、死んでやるものか。

 クラスのみんなを殺していいのなら、勿論あいつを殺したっていいに決まってる。やってやる。私が殺したクラスの人数分、この刀で、あいつを滅多刺しにしてやる!
 自信は無いけど、その思いだけは咲枝の中で確固たる決定事項となった。

 問題は、今この現状だ。
 正直、クラスメイトを殺して回ること自体には、抵抗はうすかった。自分の命がかかっている。それにみんなとは、元から一線を引いた付き合いしかなかった。普通の家庭を持つ級友たちとは、そういう気にならなかったのだ。
 たまたま小学校が一緒で、昔から何かと気をかけてくれた優紀と真紀だけは、別だったけど。


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