OBR

□中盤戦
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正面キャンパスの西側。一人、荷物の中を探っていた土屋直実(女子9番)はふいに手を止めた。

―誰か来る。

緊張でこわばる体を叱咤して、二つの荷物をぐいっと引きずり移動する。北西キャンパスへと続く廊下と外の庭(ビニールハウスとかがあるらしい)へ抜ける出入り口とはちょっとした壁に隔たれていたので、その壁へデイパックを投げやり身を寄せた。そしてスカートの丈に挿した銃(シグ・ザウェルP220という型だったが、直実は見もしなかった。おざなりな説明にしたがって、おざなりに装填しただけ)に手をかける。後は、やって来る誰かさんが北西キャンパスの方へ行ってくれるのを願うだけだ。

やがて姿を見せた誰かさんに、じわじわと直美の緊張が増していく。大と小の学生服は茂松司(男子10番)と日笠進一(男子14番)だとわかった。確か、部活バカ四人組の内の二人だ。
見つかれば二対一だ。かなりまずい。来るな来るなと頭の中でガンをかけると、はたして二人は何事もなく北西校舎へ続く廊下を進んで行った。

黒い背中二つは振り返らずに行ってしまった。安堵の息とともに、こわばらせていた肩を落とす。よしよし良い子だ。向こうでテニスでも何でもやってな。
直実は床に膝をつき、再び荷物に手をかけた。だらしなく寝転がるデイパック。一つはもう渇きかけているが、もう一つは雨と泥水と血でまだ気持ち悪く湿っている。プログラム開始を受けてさっそく転がっていた園部優紀(女子6番)の物を拝借したのだった。

彼女の死体には度肝を抜かれたが、この現実をしっかり明示してくれる親切な光景でもあった。置いていくよりマシだ。カバンの中に支給武器らしきものは見当たらなかった。優紀を殺した人間がそれだけ持って言ったのだろう。
どうせなら食料も持ってけば良かったのに。食欲の沸きそうにないパンとペットボトルの水を見つけたとき、思わずそうつっこんでしまった。案外、慌ててたのか。それとも必要ないということか。どっちにしろ、どうかしてるね。
数時間もの間荷物を二つも担ぎまわるのは、さすがに邪魔くさくてしょうがない。ごそごそと中身を探り、二つのデイパックの中身がほとんど変わらない事を確認して、直実は水とパンだけを自分のデイパックへ押し込んだ。重くて汚くて、後味の悪い物になりはてた優紀のデイパックは、丁重においてけぼりにする。

さて、いつまでもこんな所にいられない。さっさと隠れ蓑的な場所を探さなければ、自分も優紀のようになる。
まともな中学生の生活を送ってはいなかった直実でも、さすがにプログラムではどうするのがベストかなど知りようもなかった。ただ分かるのは、人殺しなどというものに自分がなるのが耐えられないって事だ。勿論、死体にも。

3のBの事は好きでも嫌いでもなかった。それどころか、愛着も関心もない。二年近く同じ一つの部屋に押し入れられ、辛うじて名前と顔が一致してきたくらいだ。直実にとってのクラスメイトはただそれだけのものだった。
勿論その人間たちに、自分の命を譲ってやる気など毛頭ない。誰であれ相手がやる気なら、自分もそうしなければならないだろう。だからと言って、見つけた人間を片っ端から相手にすることはない。そう考えたのは、度々飛交う銃声を聞いてのことだった。

―他の誰かさんは、結構積極的に動いているのだ。

ならそいつらにやらせとけば良い。自分が誰にも見つからずにさえいれば、それだけで当分は生き残れる。人がある程度減り、禁止エリアとかいうのが多くなるまでの間はそれでいいだろう。
こんな考えにとびついて人殺しを避けるとは、我ながら少し以外だった。そりゃ、いざという時に一番かわいいのは自分の命だけど。人殺しに対して、こうも拒否反応がでるとは思わなかった。なによ。あたしってわりと良い人?

―いや。それが普通でしょ。

直実は今までの自分の生活を振り返って呆れた。普通か、あたしが。道行く人間の財布の場所を探るのが日課の、普通の中学生なんているのか。家で夕飯を食べて眠る回数より、知らない人間と適当な食事をして本番後に寝る回数のが多い、普通の女子。お笑いだ。

がちゃっ

全く突然だった。それまで何の物音もなし。すぐ背後の、外へ出る非常口のノブが大音量(に聞えた)をたてて回り、がばっと開いた。身を隠すどころか、瞬きする間もなかった。アホのように突っ立って見やる先、人がつくったとしか思えないほど完璧に整ったパーツを備えた顔があった。
三好里帆(女子18番)は小さく息を呑んで、とっさにドアの後ろへ半身を戻した。綺麗な形の目がひとつこちらをじっと覗いてる。どさっと音がして、里帆の足元に支給品のカバンが落ちたのがわかった。



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