OBR

□中盤戦
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茂松司(男子10番)は、正面キャンパスの廊下を、中庭に向かって急いで駆けていた。数分前まで大きな、連続した破裂音がして戦々恐々と固まっていたのだが、ふと目を向けた窓の外、中庭に並ぶ小さな建物に人影を見たのだ。

見間違いかもしれない。そしてその場合、とてもまずい事になりかねないのだが(あの音は多分、マシンガンとかそういうのだろう。つまりはそういう奴がいるって事だ)、駆け出さずにはいられなかった。

正面玄関へ飛び出し、そのまま自分が最初に入り込んできたのとは反対の出入り口へ向かう。その先が中庭だった。三つのキャンパスにじっと見下ろされた草地の空間は広く、花壇や小屋が並んでいる。
誰に見つかるとも知れないその中へ足を踏み出すのは一瞬躊躇われたが、それでも司は意を決した。この時ばかりは、自分の大柄さを呪う。目的の小屋まで一目散に駆け寄り、ドアを叩いた。

「進一、いんだろ!おれだよ」

どこぞの詐欺のような呼びかけにも関わらず、ドアはすぐに開いた。そこには司が名を呼んだ人物、日笠進一(男子14番)の驚ききった顔があった。

「ちょービビッたぞ、おい。無事だったな!司」

「お前こそ」

二人は喜び合っていつものハイタッチを決めたが、すぐにその顔から笑みが消えた。
仲間に会えた勢いで思い起こす、もう一人の仲間。脳裏に焼きついた教室での惨劇が、嫌でもよみがえる。お互いに坂内邦聖(男子9番)の事を思い出しているのがよくわかった。数秒の間、無言が続く。

「…お前、建物から丸見えだったぜ。ここ危ねんじゃないの」
しばらくしてそう言うと、進一は「げ、そうか」と顔をこわばらせた。

ではさっさと行くか、と二人は表へ出る。早足で、その場から一番近い校舎(正面キャンパスがそれだった)へ向かう。進一が声を落としていった。

「しくったなぁ。なんか便利なモンでも見つかるかと思ったんだけど。いっさらねぇわ」

「便利なもん?なんだそりゃ。あの小屋で?」

「ウン。なんか道具小屋っぽかったから。いざって時に、なんか武器になるもん持ってた方がいいじゃん」

「へぇ…で、なんもなかったのか?」

司が訊くと、進一はキャンパスに入り込みながらカバンをあけて見せた。真っ先に目についたのが、刃が異様に長い巨大な鋏とカッターみたいな刃物の二本。

「辛うじてコレ。まぁ、無いよりはあった方がさ」

司はその冷たい光をはじく刃物を見つめながら「そうだな…」と返す。
殺し合い。フィクションでしかないはずだったそれは、まぎれもない現実になっていた。今にしても受け入れられていないのだ。こんな状況を。日常へはもう戻れない事を。かけがえのない友人が、もういない事を。

「で、これからどうするよ、司。まっさん探すんだろ?」

進一がそう聞いて、司は慌てて暗い考えを中止した。まっさんこと町田耕大(男子17番)は、もう一人の部活仲間だ。耕大、司、進一、邦聖の4人はクラスが一緒ということもあり、特に仲の良い間柄だった。

「だな…。まっさんのことだから今も大丈夫だとは思うけど。どっちにしろ合流しよう」

仲間内で最も頼りになるのが耕大だった。三年にあがった時満場一致で主将に決まり、それに見合う実力と風格を持つリーダー。司はガタイの大きさで高校生に間違われるが、耕大は落ち着いた雰囲気でよく間違われていた。

だが、その後はどうする。司には、こんな物に参加するものか、邦聖を何の理由も無く殺して見せたあのクソどもの言いなりになるものかという意思しかなかった。はっきりいって耕大を見つけ出した後は、途方にくれるしかない。

――ぶち壊してやろうか

それは漠然とした、しかし頭から離れない想いだった。どうやってとか、そもそも出来るのかということは置いといて、自分の一番やるべき事なのではないか。邦聖のために。自分たちのために。

中学三年の中半を迎えた今、4人はそれぞれの進路をすでにえがいていた。司は全区でも一二を争うテニスの強豪で知られる高校へ決めていた。耕大にいたっては早い段階で推薦が決定していたし、進一も邦聖もそれに倣おうと推薦枠をあれこれ相談しあっていた。

これからだったのに。何とかカンとかお目当ての高校へ入り、レベルの高い部員たちと並んで、もっともっと腕を上げていくつもりだった。それだけの実力はあるつもりだし、自信もあった。毎日々々ひたすら練習して、大会やフォームや朝連メニューの事しか考えなかった2年半。
それでも、テニスから離れようなどと思いつきもしないほどに大好きだった。

「なぁ、進一よぉ…」

なのに、全て無くなった。熱心に進路の相談をしてくれた担任のドッチも殺された。許されていいはずがない。こんなものが。

「ん?」

「どうやったらあいつら、ブチのめせると思う?」



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