OBR

□中盤戦
15ページ/74ページ








15




「もうしなくなったね」

視界いっぱいに広がる曇天を眺めながら、月本敦子(女子8番)はそう口を開いた。三・四回響いた銃声―乾いた何かが破裂するようなあの音は、自分たちのいる部屋にも響いていた。多分、他のクラスメイトの多くも、それを聞いてたことだろう。
一発ならともかく、あれは撃ち合ってるとしか思えなかった。

「うん。止んだね・・・こっち来なきゃいいね」

怖いこと言うな。そういう代わりに軽く睨んだ先、親友の雪平花(女子19番)が抱えた膝の上に顎をのせて言葉をつなげてた。

「誰だろ。みんなを、殺そうとするなんてさ」

ぽろりと無造作にかけられた言葉に敦子は固まった。クラスの誰かが、クラスの誰かを殺そうとしてる。信じられないけどそれが敦子と花を取り巻く状況だった。敦子は何とか返事をする。

「・・・仕方なく、とかでしょ?そりゃプログラムなんてさ。全員かつてない程ナーバスなんだよ」

「ナーバスかぁ。そうだね、よくよく考えれば試験以上だね」

「うん。大会前以上だよ」

「だねぇ。すげぇ。でもかなり、何かが違うよね」

「そりゃぁ・・・」
プログラムだもの。と、そこは言わずともわかるだろうと思った。なので、何も言わなかった。

試験に部活、勉強に修学旅行。ついさっきまで敦子も花もそんな生活に頭の先まで浸かっていたのに。多分もう、戻れない。3のBはこれでお終いだろう。なぜなら自分も含めて、誰も死にたくなんかないだろうから。そして家に帰れるのは、一人だけなのだから。

この唯一無二の親友とも、これでお別れなのだろうか。

敦子は一瞬で思考を切り替える。そんな事を考えるくらいなら、最悪のサバイバル状態の今後をどう過ごすか考える方がよっぽどマシだった。

敦子は再び、もたれ掛かってた壁を振り仰ぐ。そこにある窓と、その先のどんよりした空がまたもやいっぱいに広がった。もう、雨は降ってない。でも、あの悪夢のような土砂降りは数時間前にやんだに過ぎない。今でもまだ、園部優紀の死体はびしょぬれのままあそこに横たわってるのだろうか。


自分のすぐ前に出発した優紀は、たった8分の後にもの言わぬ姿へと変わっていた。
血の海だった。泥水と一緒に雨に打たれ、はじけあがる真紅。その直前に教室で見せられた二人のクラスメイトの物と、全く同じ色だった。敦子はすくみ上がって、その場にへたり込みそうになった。

―なんなのこれ。まさか、うちのクラスがやったんじゃないよね?

強い吐き気を押さえ込みながらふと直感した。その沸騰しているような血だまりは、未だにひろがり続けている。事が起きたのはついさっきだ。こんな事をした誰かは、きっと近くにいるのだ。
金縛りが解けたかのように、突き刺さる雨の中を100Mダッシュした。何が何だかわからないまま、とにかく見える建物目がけていた時に、その声は耳に届いた。

「あつこ、ストップ!」

え、と漏らし声の方を見ると、花が立っていた。この雨の中、木立ちの間に身を潜めて敦子を待っていたのだ。敦子は一瞬恐怖も忘れて、度肝を抜かれた。

「花!まさかずっとそこにいたの?」

「うん、そう。さっきの建物、近くに誰かいたし。ここなら通る人がみんな見えたし。行こ、敦子。ずっといたらヤバいよ」

「何やってんのよ、あんた」
花の言葉が終わらないうち、敦子は前に見える門と建物へ親友を引っぱっていった。
「風邪引いたらどうすんのさ、もう!」

「あぁー、いつものあつこだ」
それこそのんびりした、いつもの声で花は言った。振り向くと、いつもより強張ってる小さな笑顔があった。
「よかった・・・よかった」

敦子は口をへの字に曲げて前を向いた。そうでもしないと、泣き出しそうだった。

そうして二人でうろつきまわり、今の部屋(北東キャンパスの談話室だった)に落ち着いた。花は出発してからの事を話してくれた。寮を出てすぐ、道から雑木林に入り込みクラスメイトを観察していた。そうして顔ぶれをチェックしながら、敦子の順番が来るまで茂みの中にいたという。

星山拓郎(男子16番)と秋山奈緒(女子1番)の二人が一緒に歩いて行ったけれど、他の子達はみな一人きりだったこと。やがて現れた鎌城兄弟の片割れが血みどろで去っていったこと。すぐ後にやって来たのはもう片方の双子で、その間に現れるはずの優紀が来なかったこと。いつも一緒にいる仲良し男女混合グループがぞろぞろと連れ立っていたけど、そこにも優紀の姿はなかったこと。
そしてほとんど間もなく、血相を変え飛んできた自分に会えたのだという。花の方も、敦子が見た優紀の死体の事を話すと表情を強張らせた。

キャンパスから引き返してきた人間は一人も見かけなかったらしいし、最初の双子が現れたのは、優紀も次の双子も現れていいはずの時間を過ぎてたという。状況で見れば、鎌城康祐(男子6番)か祐斗(男子7番)のいずれかが手にかけた可能性が圧倒的に高かった。ていうかほぼ確定じゃなかろうか。



.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ