OBR

□中盤戦
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 北西校舎一階。二ヶ所ある出入り口のうちの一つから、梶原亮(男子5番)はぬかるんだ地面へ足を踏み出していた。今や雨は止んでいるが、外は足もとがぐちょぐちょだ。迷いながらも、亮はそっとぬけだし、すぐ目の前に広がる木立へ入っていった。ポケットに収まっている地図で、そこの林の大半が会場「内」であることは確認済みだった。

 何十分か前には銃声のような音がしたし、きわめつけはあの放送。誰かさんはもう、人殺しに足を踏み入れてしまっているのだ。誰とも関わり合わないのが身のためなのが、これで証明されたというわけだ。
 放送で呼ばれた野沢頼春(男子13番)の名前に、亮は決して軽くない衝撃を与えられた。父屋とかいうオッサンの説明によれば、あれに名前を呼ばれるのはすなわち、もう死んでしまったという事だから。

 ていうか何だよ、死んだって。ついこないだまで、普通に遊んでたんだそ?来る日もくる日も、一緒になって騒いでいた。少し空気の読めないところがあるけど、誰とも分け隔てなく接する凄くいい奴。
 その頼春がもう、この世にいないというのか。どうしてだ。一体誰が、やったと言うんだ・・・今この時にも、頼春のもの言わない死体がどこかにあるだなんて、信じられなかった。

 頼春を殺した犯人(ていう言い方は、何か違うような合ってるような)が誰であれ、そいつだけは遠慮もへったくれもなく攻撃していいと思っていた。いや、そいつだけじゃない。さすがに気づかれてない奴を後ろから狙い撃つ気は無いけど、もし相手が襲ってきたら。あるいは、襲うかもしれなかったら、遠慮なくやるつもりだった。いくらクラスメイトだからってみすみす殺されることはないし、そもそもそんな奴は友人云々とぬかしていられない。
 そうだ。そんな頭のネジがぶっ飛んでいる奴は、倒してしまった方がいい。

 亮は右手にしっかり握られている支給武器(FNブローニングHP)を眺める。それでも彼がいくぶん落ち着いているのは、この拳銃のおかげだった。これがある以上、大抵のやつとは対等か、優位に渡り合える。正直言って、ラッキーだ。本当だれかれ構わず感謝したいくらい。ありがとう。ありがとう。

 銀色に光るそれはがっちりとした大柄なつくりで、手が疲れてくるほど重たい。TVや漫画やネットの画像でしか見てない、物の実物がそこにあった。
 男だったら誰しも、一度はあこがれるだろ、こういうの。別にエアガンやモデルガンを買い揃えるほどではないけど、亮はその憧れの強い方だった。こんな本物持たされちゃ、ぶっちゃけ―
 撃ってみたいよな。

 初め銃声のような音がした時は、音源(つまり誰がやったか)を確かめようと向かいかけたが、何も実際人に撃たなくて良いじゃないかと思いついてやめた。そして思い切って外に出てみる事にしたのだ。建物の中ってのは何となく音が響きそうだし、いざという時に逃げ回る範囲が狭いだろう、と。

 亮は自分の運動神経に揺るぎのない自信をもっていた。体育はオール5で(そう言うと星山拓郎(男子16番)に「オール5ってそういう意味じゃねー」とつっこまれたが、ともかく)、陸上だろうが球技だろうが大抵のものをそつなくこなす。バスケ部で鍛えられた足の速さも瞬発力も、クラス内で上位に入る。ほとんどのクラスメイトには、負ける気がしなかった。

 だから試し撃ちをしたって誰かが聞きつけてくる前にさっさとトンヅラすれば良い。運悪く見つかってもこちらには銃があるし。
 死ぬか生きるかのこんな時に何やってんだか、と自分でも一瞬思ったが、本当に一瞬だけだった。

 そのまま林の中を適当に進み、校舎が木の葉で遮られるのを確認して、亮はカバンを開けた。拳銃に張り付いていたメモとマガジン(13発分が6つ程入っていた。撃ちたい放題、てわけにはいかないらしい)を取り出し使い方にそって装填する。それからあまり地面のぬかるんでいない所に移動して荷物を降ろすと、適当な木に向き合った。かちりと音をたて、銃身をスライドさせる。
 どきどきしながら、引き金を思いっきり引いた。

どんっ

 腹にまで響くような轟音とともに、右手が跳ね上がった。下手すれば指がつりそうになる、ムチャクチャな反動だ。銃口から煙が炸裂するのとほぼ同時に、狙っていた箇所からはるか下の木の根元に穴と煙が生まれていた。腕をじーんとさせながらも、亮は思わず呟いていた。

「・・・すげー」

 こんなに強い威力なのか。漫画なんかじゃ片手で撃ってるけど、絶対無理っしょこんなん。髄分まと外れな所に当たったけど、射程もある。
―これさえあれば、おれ生き残れるんじゃないか?

 銃を生まれて初めて使った興奮が、勢い良く頭の中を駆け巡った。人殺しなど冗談じゃないけど、実際今はそうも言っていられない。 自分の命がかかっているのだから。背に腹は変えられない、ってやつだ。



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