ポケモン
□時計塔の街
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ポケモン規制強化中
ポケモンを使役、所持する事は、法律で禁じられています。
不審者を見かけたら、直ちに通報してください。
市役所
そのでかでかとした文字は、学校の敷地内、校舎の灰色の壁にいつも貼り付けられている。
「全区域一斉消灯時間 22:00〜05:30」
「静かな運転 忘れず気配り ストップ交通事故」
と言った掲示板と並んで、リィエンたちには同じみなモノになっていた。
「おいっ、きいたかよ?強盗の話し!」
いきなり後ろから大声を掛けられて、リィエンは飛び上がった。振り向くと、クラスの奴だった。
「おはよ。何だ、お前びびりすぎ。大丈夫か?」
「朝っぱらから心臓に悪いな、もう」
ぶつぶつと文句をたれながらも、たずねてみる。
「なんだよ、強盗って」
するとそいつは、リィエンがさっきまで眺めていたものをツンツン突いて示し、声をひそめて答えた。規制のポスターだ。
「これ、最近街でやたらばら撒かれてるだろ。噂じゃ、ポケモン使った強盗が出てんだってよ。本当かな」
「強盗って・・・どっか襲われたの?」
「知らネ。なぁ、でもお前ならわかるんじゃねぇの?」
リィエンは身構えた。心臓がぎくりと飛び上がったが、そんな様子を微塵も見せまいと、押し隠す。
「どういう事だよ」
「できるんだろ。予知とか、超能力とか。そいつでずばばばーっと犯人判っちゃったりしねぇの?」
なんだ、そうきたか。リィエンはホッと肩の力をぬく。そうしてハエを払うようにひらひら手を振って見せた。
「しないしない。そんなの下手したら、とばっちり食うじゃんか。ケーサツの仕事だろ」
「その言い方はすなわち、やろうと思えば出来んのか?」 するとそいつは、腕を組んでぼそぼそ呟いた。「さすがサイキッカー。すげぇな」
「すごいか?」
リィエンは思わずそうこぼす。サイキッカーなんて他に何人もいるし、別段珍しくもなんとも無いと思うのだけど。
世間一般で「サイキッカー」と呼ばれるものに自分が該当すると気づいたのは、小さな頃だ。しかし残念ながら、クラスメイトがいうような大層な能力は持ち合わせてない。
いつの事かもわからない、意味不明な光景を一方的に押し付けられるだけ。しかも、それが何かの役にたったことは無い。リィエン自身それを理解もコントロールもできず、持て余すしかないのだった。
なんて説明をしても、周りからすれば理解が難しいらしく、胡散臭がるか驚くかのどっちかで終わってしまう。それを知っていたので、リィエンは長々と言って聞かせる気にならなかった。
「そりゃぁ、何もできん奴から見ればな」 そいつは屈託なく言った。「まぁ確かに、ポケモン連れ回すような奴の方が、よっぽどすごいけど」
「そうだな・・・」
「ポケモンついてれば、強盗すんのも楽勝だろうなぁ。でもよ、そんなポケモン野朗じゃ一生逃げ隠れ生活じゃん。金持ちになったって自由に買物もできなくね?どうすんだろ」
「・・・逃がすんじゃないの?」
「やっぱり?ふーむ・・・なかなか完全犯罪の匂いがする・・・」
「バカいってんなよ。とっ捕まって終身刑がオチだね」
「やーっぱり?」
二人は薄笑いを浮かべて、それぞれの考えにふける。黙りこくってその場を後にし、並んで校門をくぐる。
ぽつんと、リィエンが口を開いた。
「なんか最近、街に出るポケモン多くないか?」
「そう?あ、でもこないだ、隣のクラスの奴がヤミラミに追っかけ回されたって聞いたな」
「へぇ・・・消灯後にでもほっつき歩いてたんだろ、そいつ」
「かもな。何匹かが姿を隠して追いかけたり、引っ掻いたりしてきたって。ポケモンにとっちゃただのいたずらなんだろうけど、たまったもんじゃないよなー」
「そこまで?」 リィエンは目をむいて、おもわず大きな声を上げた。
「怒らせるような事したんじゃないのか」
「イヤに肩持つな、お前。ポケモンだぜ?人間の事嫌ってて当たりまえだろ」
可笑しそうに放たれた言葉に、思わず口をつぐむ。もやもやと、胸の中に暗い色のわだかまりが湧き出たが、ここで物申すわけにも行かなかった。
不意にやつは空をあおぐと、黙って指をさした。何だろう、と目を向ければ、小さなヤミカラスの集団が飛んでいるのだった。
「考えてみりゃ、もしポケモンなんかに出くわしたら、使ううんぬんの前に俺は逃げ出すな。怖くて。やっぱ強盗なんてするやつ、すげぇよ」
遠いヤミカラスの群れは、薄闇が永遠に貼りついた空を音もなく渡って行く。
二人は歩いたまま、それが建物の陰に消えるまで、じっと見ていた。