ポケモン
□14
1ページ/3ページ
「キミと初めて会ったカラクサタウンでのことだ。
キミのミジュマルから聞こえてきた声が、ボクには衝撃だった」
Nがそう口を開いた瞬間、どういうわけか、トウコはすんなりと確信していた。
これは、さようならの挨拶だ。
こいつはもうこれっきり、私に会うつもりがないのだと。
高い位置にある端正な横顔を見上げて、トウコもまたNとの初対面に思いを馳せる。その時のことは、よく覚えていた。
何だか懐かしい。いきなり勝負を吹っかけてきた、怪しさ満載の青年。
忘れられない目つきが、怖かった。
幼い頃に会ったあのポケモンが、もう一度目の前に現れたかのような恐怖だった。
初めてのバトルはミジュマルとチョロネコの取っ組み合いになったっけ。それがこうして決死の真剣勝負を果たす相手になるだなんて、夢にも思わなかった。
あの時のチョロネコ、どうしたんだろ。というか、ミジュマルが何を言ったって?
「なぜならカレは、キミのことをスキと言っていた…」
「えっ」
「一緒にいたい、と言っていたから」
Nの言葉に息をのんだトウコは、さっと振り返る。聞こえてたのだろう。元ミジュマルはその視線を受けて、ニカッと応えた。
ーそうだったんだ。
出会ったばかりの自分に、そんな風に思ってくれていたんだ。まだポケモンを信じられず、うじうじと情けなかった頃の自分なのに。
あまりに嬉しくって、そして恥ずかしくて、トウコは「うん……まぁ……知ってますけど…!」とおちゃらけてしまった。
そんな態度が気に食わなかったのだろう。「BOOOO〜!」と言うヤジが4匹分、背中に浴びせられる。
仕方ないじゃん。
そんなまっすぐ過ぎる気持ちを、しかも不意打ちで知らされれば、誰だって照れくさくなるっての。
「ボクには理解できなかった」
そんな言葉を落とした声は静かな、穏やかなままだ。再び、声の主を仰ぎ見る。
「世界に人のことを好きなポケモンがいるだなんて。それまで、そんなポケモンをボクは知らなかったからね」
「…知らなかったって……」
何か、あるのだろう。
それ以上の詳しいことなんて、トウコには窺い知れない。それでも、彼のふとした(そして自由すぎる)言葉とか表情に、その「何か」を感じることはあった。
本性を表したゲーチスの心ない台詞や、道中遭遇したプラズマ団の女の人の告白で、それはいっそう明確になった。
『トレーナーが戦うのは決してポケモンを傷つけるためではありません。
Nも心の奥底ではそのことを気づいているのに、それを認めるにはあまりにも悲しい時間をこの城で過ごしたのです』
人とポケモンは決別するべき。そんな信念をNに抱かせることとなった「何か」。
それを思うと、すぐ隣にいる男との間に、見えない壁があるかのような心地がした。
「それからも旅を続けるほどに気持ちは揺らいでいった……心を通いあわせ、助けあうポケモンと人ばかりだったから」
だからこそ、と心の内を吐露するNが、不意に強い口調でこちらを見た。二つの眼と、視線が合わさる。
「自分が信じていたものがなにか確かめるため、キミと闘いたい…同じ英雄として向き合いたい。そう願ったが……」
遠いな。
見えない壁の向こうの、遠い瞳を覗き込む。
「ポケモンのことしか……いや、そのポケモンのことすら理解していなかったボクが……
多くのポケモンと出会い、仲間に囲まれていたキミに敵うはずがなかった」
言葉をかけたいのに、トウコは何と言えばいいのかわからず途方に暮れる。
Nにだって、味方はいた。
プラズマ団員の中には本気でポケモンの為を思っているんだと分かるやつがいたし、レシラムや他のポケモンたちも彼に同調しているように見える。
各地でプラズマ団の思想に共感していく人たちを何度も目にした。
けれども。
1番道路へ足を揃えて踏み出した幼馴染や、駆けつけてくれたジムリーダーたち。「旅に出た事、後悔してる?」と困ったように尋ねるアララギ博士に、笑顔でいってらっしゃいをくれた故郷のママ。
そういう人たちが、きっとNにはいなかったんだ。
「……会えればいいのに」
トウコは正面に視線を移してつぶやいた。
レシラムがぶち破った壁は半壊していて、黒雲の散った青空が向こうに見えた。
.