ポケモン

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10.もう片方の



それは、トウコたちがポケモンリーグへ向かう前日のことだ。



「あら、おかえり!元気でやってるの?」

ポケモンと旅立ったはずのトウコが家の戸口に現れても、ママはいつもの調子でそう迎え入れた。
まるでチェレンやベルと一緒にそこら辺で遊んできた戻りであるかのような態度だ。実際は、生まれて初めての長く盛大な旅から帰ったというのに。
しかし、トウコは旅を終えたわけでなく、途中で立寄ったのだ。カノコタウンは、イッシュの片端に位置する。なので、「用のついでに」という状況は生じない。

「ちょっと、その、ひと休みしに来たよ」

トウコは反射的にそう告げたが、口にしてからそんな事を言わないでもいいんだと気がついた。マイスイートホーム。帰ってくるのに、理由なんか要らない。ママも頓着なさそうに笑って「あらそう」というだけだった。
あっさりしてるなぁ、と呆れたが、思えば頻繁にライブキャスターでやり取りしてた。だからママからすれば、何かあったのかと心配することもないのだ。

「今日は泊まって、明日出発するね」
「と、言う事は…今日のゴハンはふたりと4匹分ってことね!」

まかせなさい!と胸を張るママは、本当に嬉しそうだ。



ママが真っ先に促すので、トウコはダイケンキたちをボールから出した。
ママと面識があるのはダイケンキだけで、それも旅立ちの日、ミジュマルだった時に挨拶を交わしたくらいだ。はじめ4匹は慣れない場所にソワソワしていたが、数十分と経たずに思い思いの場所でくつろぎだした。

我が家に馴染んでくれて嬉しかったのも最初の内だった。ミルホッグはTV番組「これってなぁに」を貪るように見つめ出し、リモコンを片時も離さない。ワルビアルはママの寝室にあるクローゼットから洋服や化粧品、アクセを発掘しては、うきうきと眺めている。ダイケンキは厳しい表情で、トウコの部屋にあるWiiと対峙していた。どんなに立ち回ろうと傷一つ付けられないのが許せないといった様子だ。終いにはバイバニラがキッチンの冷凍室を気に入り、傍を通るたび「んバぁ」「ニゃラぁ」と飛び出てくるようになると、トウコは「あんたら、馴染みすぎだ!」と軽く一喝した。

「アラいいじゃないの。ここはもう、みんなのお家よ!」
「そりゃ勿論いいんだけども…洗濯機とか冷蔵庫とか壊されても、その態度でいれる?」
「その時は、トウコのおこづかいで買い換えるもの!」
「!?」
「みんなお待たせ、ゴハンよ!大したものじゃないけど、いっぱいつくったから。いっぱい食べてね!」

みんなが集ったテーブルの上には、てんこ盛りなスパゲッティの皿が3つ並んでいた。ほかほかと湯気が上がっている物もあれば、つややかなオイルと野菜に彩られた冷製パスタもある。
ヘソを曲げそうになっていたトウコも、そのおいしそうな食卓を前にしてすっかりどうでも良くなっていた。今日はほとんど何も口にしていない。それぞれが自分の皿にスパゲッティーを盛ったり、盛られたりし終えると、がやがやとした「いただきます」が食卓に上がった。

「…?」

フォークをくるくる回して作った大きなひと巻きを口に運んだトウコは、ピタリと固まった。
おかしいな、いつもの味じゃない。懐かしの味だとばかり思っていた特性パスタソースは、いつもよりずっと塩味が控えめだ。しかも、今まで味わった事のない不思議な風味がする。もぐもぐと口を大きく動かしながらも、頭の中は疑問でいっぱいになる。久しぶりで、ママの味を忘れちゃったのかな?

「おいしくない?」

振り向けば、心得たような顔をしたママが笑っている。トウコが返事をするより先に、ダイケンキとミルホッグが喜色満面の大声でそれに答える。ワルビアルもご満悦の表情でスパゲッティーを噛みしめ、バイバニラは二つの口で同じ冷製パスタを平らげようとしている。
それで、トウコはようやく気がついた。

「そっか…!これ、ポケモン用の?」
「あたり。といってもアレよ、ポケモンも人も食べられるやつ。いつもと違うでしょ」

ウン、と頷いて、もう一口食る。不思議な風味がくせになる美味しさだ。見た目はいつも通りのミートソースなのに、こんな味にもなるんだなぁ。トウコが「美味しゅうございます」と発表すれば、ママは「ありがとうござんす」と謝辞を述べた。

「うん、良かった!気に入ってもらえたようで…ポケモンのゴハンつくるの本当に久しぶりだから、心配だったの」

にこにこと嬉しそうに言って、ダイケンキを見上げる。ダイケンキは口いっぱいのパスタをゴクンと飲み込み、ソースまみれの顔を綻ばせて「ダイダイ!ウダ!ウダダ!」と笑い返している。

「……」

トウコがジョウトで怖い目にあった日以来、ママは気を使って、家の中にポケモンを放さなくなった。一人娘が脅えてしまうのを知っているからだ。それより前はきっと、彼女もポケモンにゴハンを作る普通の日々を送っていたのだろう。





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