ポケモン

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9.塔子



遠くに聳える塔の姿を見た途端、トウコは小さな頃に訪れた、ジョウト地方のことを思い出した。
トウコのパパは、仕事の関係でもう何年もそこに住んでいる。なのでしょっちゅう、ママと一緒にジョウトへ赴いたものだ。

そこにも、町のはずれに塔が建っていた。燃えるような紅葉に埋もれて、その尖った風変わりな頂上が町から望めた。
確か、スズの塔という名前だ。そこは特別な場所で、選ばれた人間だけが登る事を許されるのだと聞いた。


『タワーオブヘブン 正しき魂 ここに眠る』


今トウコは、フタチマルと一緒にタワーオブヘブンの麓へやってきていた。傍らの看板にはそんな一文が綴られている。じっとりと立ち昇るような霧雨が、フキヨセの町からはずれてもなお辺りを覆っていた。

「お墓なんだ…」
「フタタッチィ」

ジョウトにあるあの塔とは違って、ここには誰もがやって来れた。大切な、そして二度と会えなくなったポケモンたちのために、みんなが登る場所だ。
トウコは少し躊躇ったが、フタチマルと一緒に中へ入っていった。



白い造りの塔内はシンと静まりかえっていた。でも、思ったよりも人がいる。お墓なのだから当然といえば当然で、トウコは少しだけほっとした。

「え?ゴーストポケモン?そうね、よく出るわよ」

1階の気のよさそうな女性は、不思議そうな面持ちでそう答えた。「気をつけておかないと、時々ヒトモシとバッタリ出くわすわよ。でもあなた、トレーナーさんでしょ。それならちっとも心配ないわ」

どうやらヒトモシというポケモンがいるらしい。ゴーストタイプの。トウコは表情を固くした。ゴーストタイプはポケモンの中でも一番苦手だ。

けれどゴーストポケモンが出ると知ったなら、かつての自分は怯え過ぎてこの塔に入ることもできなかっただろう。この旅で、自分はかなりポケモンに慣れてきていた。ポケモンの事をもっと知りたい、とまで思うようになった。
…が、恐怖はそう簡単に克服できるものでもないらしい。

予想しない場所にいられるだけで、怖くて動けなくなる。トウコは未だに、平気でなどいられないのだ。どうしてなのか。電気石の洞窟でそれを実感してから、トウコは延々とそれまでのことを思い返してみた。そうして、単純明快な答えに至った。
あの時は、みんなが居なかった。

「フタァ…」

トウコは隣のフタチマルを見た。彼はぐるぐると上へ続く果てしない螺旋階段を、ちょっと情けない顔で見上げている。

「長そうねぇ…」
「タフフ…」
「がんばろ。フウロさんいるかもだし。なんか、頂上にいいものがあるみたいだし」
「フムッ!」
「ボールに入って楽しようってのはナシね。ずるいから」
「!!」

その手があったか、という顔をする相棒より先にトウコは階段を登り始めた。



ジョウトは、イッシュから遠く離れた地方だ。それでも、大掛かりな乗り物に乗っての行き来しか経験していない。なので、みんなの力を借り己の足でカノコからやって来たこれまでの旅路の方が、遥かに遠く感じた。
故郷を出発してから、何日経ったんだっけ。あの日、生まれてはじめての冒険に期待を持ちながらも、同じかそれ以上に不安で心細かったのをよく覚えている。

ポケモンとなんて、上手くやれるんだろうか。
私のいうことなんか聞くのかな。ひどい怪我をさせてしまったらどうしよう。怒らせてしまったらどうしよう。

ところが蓋を開けてみれば、トウコはカノコからこんなに離れたところまでやって来ている。みんなが傍にいてくれているというだけで、更にどこへでもいける気がした。…ひょっとしたら、ジョウトのあの町にもだ。

かつては、人のものとは違う、荒々しい鳴き声に身構えた。今では平気だ。同じように鳴いて立ち向かっていくその背中の方が、もっとずっと心強いから。
見つめられるのが恐ろしくて仕方なかった。今では少し違う。戦いの中でみんなと目を合わせる瞬間は、この上なく楽しい。新しい町や見たことのない景色の中で一緒に浮かれていられる事が、この上なく嬉しい。

お調子者でバトル好きな、フタチマル。
近頃は急所に当「てる」ようにもなってきた、ミルホッグ。
思慮深くて夢見がちな、ワルビル。
笑ってばかりな寂しがり屋の、バニプッチ。

ポケモンが怖いはずなのに、ポケモンのおかげで怖くなくなっていた。今はこんなにも、4匹が欠けがえのない存在になっている。
ポケモンって、何なんだろう。
己の抱える気持ちに、たまに混乱してしまう時があった。好きなはずなのに、それだけじゃない。恐ろしいはずなのに、それだけでもない。白でも黒でもない、モヤモヤとした名前のない感情がもどかしかった。

そんな事を考えながら、黙々と石造りの階段を上がる。隣のフタチマルは元気に、根気よく足を動かして延々続く段差をやっつけている。墓石の前に佇む人やポケモンを眺めながら、トウコは久しぶりにあの日の事を思い出そうとしていた。



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