ポケモン

□BW番外
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遥か昔。双子の王と、一匹のポケモンがいた。

双子は理想と真実を掲げて対立し、その体現をするかのごとく、ポケモンは二つに分かれた。
やがて争いを収めた後、二人の王はポケモンにそれぞれ名をつけた。

「いつまでも『白いの』・『黒いの』呼びでは忍びない」と、そう言って。

彼らは、この二匹が後世に至るまで語り継がれる存在となる事を知っていたのだ。
また、一つに戻りはしないことも。

「それでも、良かったよ。あいつを助けられたから」

レシラムと名づけられた方は、ゼクロムと名づけられたもう一方にそう言った。
始まりはそれだった。真実を求める彼を助けたい。理想を掲げる彼を導きたい。相反する気持ちは、その身体を二つに裂いた。激しい争いだったが、二人の王が命を落とす事は無かった。

彼らが時の彼方に消え、ゼクロムとレシラムはその国を見守り続けた。
自らの力で焼き払うまで。

「おやすみ、黒いの」

二匹はとうとう、彼らから贈られた名を使わなかった。

「さらばだ、白いの」

冷たい石に身を変えて、眠りについた。





[もう一度、白と黒]






そうして、ゼクロムは今―
風にそよそよとゆれる洗濯物を眺めていた。

イッシュ地方のカノコタウン。海辺の小さな街に、明るい日差しがさしている。そんなのどかな光景に似つかわしくない漆黒の巨体は、街にいる人やポケモンの目を引いた。威圧的な外観にほとんどの者が慄いたが、ゼクロム自身は至って普通にボーッとしているに過ぎない。
人々はまさかそれが神話に出てくる伝説の存在だとは思わず、珍しいポケモンもいるものだと目を丸くするだけだった。また、街を住処としているマメパトやミネズミたちの中にはおずおずと近づいて来る者もあったが、凄みのある一瞥をむけられると「ピャッ!」といって一目散に去ってしまうのだった。

ごく一部の人だけが、ゼクロムがここに居る事情を知っていた。その内の一人である女性が、買い物袋を引っさげてトコトコと道を歩いて来る。
ゼクロムが現代で出会った「理想」の英雄。その母親だ。

「ただいま、ゼクロムちゃん。ごきげんいかが?」

母親はゼクロムの鋭く赤い双眸に臆することなく、親しげに笑いかけた。隣にやってきて、自身は機嫌が良さそうに洗濯物を手に取る。

「お洗濯、もう少しで乾きそうね。お掃除が終わったらたたみましょ。ゼクロムちゃん、お昼寝でもしたら?」
「……」

ゼクロムは黙したまま、瞬きで返事をする。母親は、今日のように良く晴れた日にはこうして外へ出すのだ。少しでもゼクロムが狭苦しい思いをしないように、という気配りなのだとわかった。
イッシュの伝説と謡われるゼクロムを娘が連れてきた時は、流石の彼女も目を丸くした。だがすぐに「ゼクロムちゃん」と呼び、ダイケンキたちとひとつも変わらぬ態度で接するようになった。

家に入っていく母親を見送ると、再び洗濯物へ目を向けた。特に理由は無い。

くるる、ぽーぽー、とマメパトがどこかで鳴いている。ゼクロムにはそれが「おれの食った豆の方がでかい」「いいや、ボクの豆の方がでかい」と言っているのがわかった。
しばらくそんな言い合いを聞くともなしに聞き、洗濯物を見るともなしに見ていた。やがて人間のチビっこが一人、興味津々な目つきで傍へやって来たが、それに気づいて見つめ返すと「ピャッ!」と飛び上がり逃げ出してしまった。

「……」

ゼクロムはいま、母親と留守番をして過ごしている。
自身が英雄として認めた人物であるトウコは、ダイケンキたちと共にイッシュを発った。プラズマ団と呼ばれる人間たちとの―そしてレシラムとの決戦を終えた直後のことだった。

当初トウコはゼクロムも一緒に、と言ってくれた。しかしゼクロムはそれを拒んだ。
トウコと一緒に居たくないわけではないのだが、今自分がイッシュを離れるわけにはいかない。かたくなに了承しないゼクロムに首を傾げつつも、トウコはしぶしぶ諦めた。

「まぁ…イッシュの守り神だもんね。……もう片っぽは今、いないし」
すぐ帰ってくるね、とトウコはまっすぐな眼差しでそう言った。

「あのハンサムとかいうおじさん、プラズマ団の残りがどうのこうのって言ってたし…私がいない間、ママのこともよろしくお願いします」

ゼクロムはそれに頷き、トウコたちはジョウトへ旅立った。
そして、今日が3日目。のどかな街はのどかなままで、ゼクロムは退屈ながらも平穏な時間に身を置いている。






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