ポケモン
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6.白と黒
そいつはまたあの目つきをしていた。
底無く開いた穴のような目で、一点を眺めている。トウコがその視線の先をたどると、花壇のへりに腰を降ろした男の子がうたた寝をしていた。
男の子の膝には、モグリューが大人しく座っていた。抱えるようにのばされた両の腕に、すっぽりとおさまっている。その顔はどこか満足げで、ライモンに行き交う人やポケモンたちを見渡している。
こっくり。男の子の頭が一回大きく傾げる。モグリューはそれを仰ぐと、何事かを鳴いた。
雑踏の音にまぎれて声は聞こえない。しかし男の子には届いたようだ。気がついたように目をこする。眠たげな顔のまま、膝の上のモグリューに笑いかけた。
モグリューも歯を見せて笑い返すと、嬉しそうにもたれかかる。
「プラズマ団を探しているんだろう?」
早口言葉にハッとして見やれば、Nがいつの間にかこっちを見ていた。華々しいライモンの明かりを背に、二つの目はただ冷たい。
そんなもん探すか、といいかけた言葉は詰まって出てこない。とっさにその嫌いな目つきを視界から追い出す。そうして顔を見ないようにしながらも、真っ先に反感をつのらせた。どうしてこんな奴に脅えなきゃいけないんだ。大体、なんだってまたコイツに会わなきゃならんのだ。
「彼らはここを通ったようだよ」
「…あいつらって、どこにでも沸くんだ」
やだな、と吐き捨てる。何せあのプラズマ団は親友のポケモンにまで手を出し、ベルを泣かせたのだ。決定的だった。それまでいけ好かない迷惑集団でしかなかったが、もはや巨悪の象徴となっていた。
「キミはプラズマ団が嫌いなのだね」
「うん、大っ嫌い。この世の敵だっ」
「それは違うよ」
ふんだ、とトウコはしかめ面で答えた。それに対し無感動な声色で、Nがなおも続ける。
「受け入れられないからといって、それが世界の敵とは限らない」
「世界の味方だろうと、わたしの敵だよ!人の友だち泣かせてさ…!」
ただの下らないポケモン泥棒のくせに。あんな連中にベルとベルのポケモンは引き裂かれる所だった。それを思い返すと、トウコは悔しさで腸が煮えくり返った。
「自分本位なんだね」
「悪かったわねーだ。あんなおかしな奴ら、もう無視する。絶対、関わりたくない。ムシムシ」
「では彼らについて伝えておかねばならない事ができたようだ。ついてきたまえ」
「無視するって言ってるそばから…」
本当人の話し聞かないなコイツ、とトウコは呆れ果てた。Nはすたすたと歩き出したが、動く気配のないトウコに気づくと振り返り、首を傾げた。
「何をしているんだい。来ないのか?」
まるでそれが当たり前のような言い方だ。この不審者め。こっちは楽しく遊びに来たっていうのに。
口ぶりからしてひょっとしたら、彼はプラズマ団をよく知っているのかもしれない。そういえば初めて会ったときも、あいつらの演説の直後だった。けど、どうだって良かった。
「なんで行かなきゃなんないのよ」
「だって、敵なのだろう?立ち向かう相手への知識は持つべきじゃないか」
「そういう意味で、敵って言ったんじゃないの。そんな知識は要りません。以上!」
いい放つと、トウコはNの隣を通りすぎた。奴は何を言うでもなく、ただトウコを見送る。それにおざなりに手を降って、立ち去ろうとした。
正面を向けば、先程の花壇が目に入る。そこにはモグリューが、ポツンと一匹だけで立ち尽くしていた。
あれ、とトウコは足を止める。男の子がいない。さっきまで、モグリューと一緒にいたのに。
途方にくれたようにじっとしているモグリューの、視線の先。それをたどると、男の子が女の人に手を引かれ離れていくのが見えた。
多分、母親だ。側には父親らしき男性もいて、しきりに男の子に話しかけている。
男の子は半ば引きずられるように両親と歩いていた。一心に後ろを振り返り、立ち尽くすモグリューを見ている。口の動きで、モグリューの名前を叫んでいるのがわかった。
やるせない光景だった。怒りも、追いかけもせずただ見つめているモグリューの顔は、悲しい。
トウコはこの街に来た直後に起こった、ベルとベルパパの一騒動を思い出した。
あれはベルパパの親心から来る押し付けだった。でも、あの両親と男の子もそうだとは限らない。ひょっとしたら、両親のしていることの方が正しいのかもしれない。
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