ポケモン

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5.26番ストリートの砂漠


摩天楼を見上げれば、その先は霞がかかっている。
自動車の排気ガスかな、とトウコは思った。少なくとも、それまでいたシッポウやカラクサ、カノコの方がずっと空気が澄んでいる。

「橋は長いわ、ビルは高いわ……圧倒されちゃう感じね」
「フタァ」
「ギュギュング」

イッシュ随一の大都市、ヒウンシティ。名高い大都会は、トウコが考えていたよりも遥かに大きく、騒音に満ち溢れていた。それに加え人の波が凄まじくって、当初は目が回った。

ポケモンよりも、人の数の方が圧倒的に多い。かといって人気の無い場所へ行ってはいけないのだ、とトウコは知っていた。それが都会ってもんで、暗い路地裏に迷い込むとナイフを持ったヒャッハーな兄ちゃんとエンカウントしてしまうのだ。…漫画やドラマの知識だけれども。

「こんな所ではぐれたら、見つけれっこないよ。お願いだから、ウロチョロしすぎて迷子になんか―」
「フターっち」

わかったってば、というようにフタチマルが頷いて答えた。トウコが同じ事を何度も釘さすので、しつこく感じているのがありありと伝わった。
隣りのミルホッグは生返事をして、ヒウンアイスを舐めている。行列に並んで買った後、一同は噴水前のベンチに腰掛けて甘いアイスを味わっていた。

小さな頃から、名物ヒウンアイスを夢見ながら普通のアイスを食べる日々を送っていた。そんなトウコにとっては、感動の味わいだ。行列に並ぶのさえウキウキだった。

とそこへ、目を引く集団が噴水広場にぞろぞろと現れた。格好から見るに、工事現場の人たちだ。ポケモンが何匹か混じっている。
その中に一人だけ、背広姿でヘルメットをかぶるという謎コーディネートの男性がいた。その男性が一同に声をかけるのが聞こえてくる。

「証言を集めるとどうやら、やつは26ストリートを根城にしてるようだ。そこから重点的に探索をしてくれ!」

あいよ。はいはい。うーす。と彼らから返事が上がる。なんだろう。トウコたちはアイスを舐めながら遠目に大人たちを見つめた。

「こんな真昼間に出てくるかね」
「目撃者のほとんどが、昼時だったと話してた。夜は恐らく、地中に潜ってるんだろう。メグロコっていうのはそうやって、体が冷えないようにしているんだとさ」
「へぇ、そうかい。ヒウンじゃ砂漠と違って、夜に寒いって事はないだろうに」
「ま、暴れてる所を抑えるほうが、寝覚めがいいわな」
「そりゃぁそうだろ。寝てる所を叩き起こすよりはな」

ハイ、では皆さん!とメット背広の男が言う。

「どうやら奴は街を砂まみれにして、このヒウンを砂漠にしてしまうつもりのようだ。この前代未聞の危機から我々が街を救いましょう!」

メット背広のセリフは深刻そのものだったが、冗談なのだろうと分かった。一同がゲラゲラと笑い出したからだ。

「こんなトコで暮らすより、本物の砂漠に帰ってもらった方がメグロコにとっても良い筈だ。何かあれば至急連絡を。あとくれぐれも、無理をしないでください」

その言葉を皮切りに、彼らは方々へ散って広場から去っていった。
肉体労働系のお仕事だろうか。この街では大人は誰もが忙しげだ。気楽に座っているだけの自分と違って、皆仕事で頑張っているのだ。

トウコはアイスのコーンをかじりながら、大人になった自分を想像する。でも、できなかった。そもそも今はトレーナーとして旅をはじめたばかりで、将来の事なんか深く考えていない。

チェレンは青春マッサカリで、彼自身の夢を追いかけているようだった。この頃何かと突っかかってくるように感じるのも、そのためなんだろう。ベルもこの旅を通して、己の将来の事を真剣に考えているみたい。ああ見えて、そういう所は本当にしっかり者なのだ。
トウコにはそのどちらもない。ただ、ポケモンが苦手な自分を変えたい。それしかなかった。

「ふぢゃう!?」

突然、隣りに腰掛けるフタチマルが大声を上げた。びくっとして見やれば、彼がベンチの下を覗き込んでいるところだった。

「なに?どしたの」

つられてベンチの下を見れば、ビーズのような真っ黒な両目がそこにいた。トウコは飛び上がってベンチから離れ、手から落っこちたアイスをミルホッグが華麗にキャッチした。

「いつからいたの…こいつ…」
「フタタッツぅ」
「もぐもぐ…」

呑気にベンチに腰掛けたままの二匹と違い、トウコは心臓バクバクでそのポケモンを見た。茶色くて平べったいそのポケモンはベンチの日陰からじっと動かない。
図鑑を取り出して調べてみると、メグロコという名のポケモンらしい。

「あれ、メグロ……コ……」
「……ぐぐぅ」
「メグロコって、あんたがメグロコ?たった今話題の?」
「…」

いくら何でもタイムリーじゃないの、メグロコさん。



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