ポケモン

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怒られるだろう。トウコはそう思っていたのに、ボールから姿を現した二匹は呑気に伸びをし、外気にあたって気持ち良さそうにしているだけだった。
ミジュマルは自分の下にのびるレールが続く先を興味津々に眺めている。ミネズミはチョロチョロと辺りを動き回ったが、ふいに水辺の一点を凝視し動かなくなった。

「…ふたりとも、怒ってないの?」

おずおずと尋ねると、ミジュマルは「ミム?」とトウコを見上げた。何の事か分かっていない様子だ。ミネズミは返事もしない。トウコが視線の先を追うと、水辺からバスラオが顔を出していて、眼力対決でもしているかのように睨み合っているのだった。

もっと怒ったっていいのに…。責められる位の事をしてしまったのに。まるでどこ吹く風じゃないの。
痛い思いをして、何とも思わないコがいるだろうか?トウコは夢の跡地でのムンナのできごとを思い起こした。プラズマ団に蹴りつけられ、うずくまる姿。

「辛かったら辛いって、怒んなきゃ。…私も、今後は気をつけるからさ」

ミジュマルは、何故か困ったように片手で頭を掻いた。ミネズミもバスラオから視線を外し振り返る。だがトウコは肩を落として足元を見つめているので、眼力対決にはならなかった。

「ミジュッ!!」
「ギュ?」
「みーじっしっしっ!」
「ギュオォ!ギュワギュワ!」

すると、ミジュマルは何かを思いついたように威勢の良い声を上げた。そうしてミネズミに話しかけると、そのミネズミも明るく鳴いてコクコクと頷いている。
何事か。と見ている間に、二匹はトウコの足を押したり引いたりして、どこかへ促し始めた。

意図を汲み取ろうとするも、当たり前だけど二匹の喋っている事なんかわからない。とりあえずどこかに連れてこうとしている様なので、大人しく街を横切っていく。

たどり着いたのは、カフェ「ソーコ」の前だった。
人気のカフェらしく気になってはいたけど、トウコたちはまだ入った事はない。

「ミジュー!」
「ギュワワ!」
「ここ?一体なんの用……」

はた、と思い至る。なんの用も何も、カフェでの用事なんて限られてるよね?
ミジュマルもミネズミも己の腹をさすって、しきりに入口を指している。

トウコはバカバカしくなって首を振った。なぁんだ。すこぶる気に病んでいるのは自分だけなのか。今の二匹の顔ツラときたら、「メシをおごれ!食わせるのだ!」と言わんばかり。それでチャラ、という訳だろうか。

「もー…」
トウコは屈んで二匹の肩に両腕を回す。まだ少しポケモンのことは恐いが、この二匹だけは抱き上げるのすらヘッチャラだった。
「いいだろう、何でも食えい!」

うおー!とミジュマルとミネズミが歓声を上げる。



カフェはお洒落で広かったが、ミジュマルとミネズミが出せるテラス席に座った。テラスでは男の人がアコーディオンを奏で、ぽかぽかとした日差しも合間って心地よい。カフェの食事にがっつく二匹がやや優雅さに欠けてはいるが、まるでTVや雑誌の風情のようだ。

そんな中でも、トウコは相変わらず晴れないため息を落とす。先程と同じ物思いに耽ってしまっていた。

今は食べ物に夢中で嬉しそうにしているけど……またバトルで瀕死にさせるような目に合せてしまえば、さすがに嫌われるのだろうな。
トウコは実力不足の新米トレーナーだ。それでなくても幼い頃からポケモンが苦手で、彼らの事に疎い。…そんなあたしについて来るメリットが、このコたちにあるのだろうか。

―不安じゃないの?本当は、後悔しているんじゃないの?

「…おいしい?」

トウコは胸の内の言葉の代わりにそう訊ねる。二匹は屈託ない表情で頷いたり、何かを喋ろうとして食べカスを発射したり(きたないぞ)。それは笑いを誘ったが、依然として彼らの心は分からない。

『そんな事を言ってれば、いつまでたってもポケモンは不幸なままではないか』

トウコはミジュマルとミネズミにも、この旅を楽しんで欲しかった。苦しく嫌な思いをさせたくない。私が気をつけなければ、二匹をそんな辛い目にあわせてしまう。
さっきの野生のシママたちにしたってそう。トウコたちに出会ったばかりに、今でも傷だらけでいるのだ。ポケセンにも行けない彼らは、どうやってそれを癒す?

あのプラズマ団とかいう連中は、こういう事を言いたかったんだろうか。トウコにそんなつもりなんかなくても、事実としてポケモンを不幸にしてしまう。そうなる可能性は、確かにある。

「……数式は解けない。ボクには力が必要だ。誰もが納得する力…必要な力は分かっている……」

アコーディオンの調べに被さって、男の声が耳に届く。その不協和音じみた声はアコーディオンと反対側、隣りに建つシッポウ博物館の方から聞こえてきた。



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