ポケモン

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1.部屋とソバカスと私


今日は特別な朝だった。
日も昇りきらない早いうちだというのに、すっかり目が冴えてしまったトウコは、少しだけ散歩に出ることにした。天井を眺めて起床時間が来るのを待ってても良かったけれど、無性に体を動かしたくなったのだ。

「どうしたの?」と驚くママに「ちょっとそこら辺。すぐ戻るね」と一言。普段こんな時間に起きやしないから、驚くのも無理はない。

「まだ来てないよね?」
「ふふ、まだまだはやいわよ」
「うん。じゃ、いってきまーす」

ママの目から見れば、初めての旅立ちを目前に気が急いてる子どもと映ってるんだろう。実際その通りだった。
なのでできるだけ落ちついてるように見える足取りで、トウコは町を横切った。カノコタウンは小さな町。トウコはここで生まれ育った。父親はジョウト地方に赴任してしまって一緒に暮らしてはいないが、母親がいる。
ママとの穏やかな生活。何をするにも一緒の、二人の親友との日々。
そんなカノコの町とも、今日でしばらくお別れだ。

ものの数分でたどり着いた海辺で、トウコは足を止めた。目の前いっぱいに広がる海と空は、朝の色。その海を睨み据えながら、トウコは深く息を吸う。おちつけ。おちつけ。


今日会うポケモンは初めての子。

これから会うポケモンだってみんな、初めての子。


「あれ」じゃない。「あれ」はもう、何処にもいない。かすかな波のリズムにのせて、トウコは繰り返し心の中で呟いた。
おちつけ。おちつけ。

そうして気が済むまで海を眺め、戻った家には既にリボンのついた大きな箱が届いていた。




マジメマジメを装ってウキウキしてるチェレンと、ウキウキを装いもせず今日も元気に遅刻したベルの二人を迎えた自室。ついにプレゼントの箱を開けるときがやってきた。備え付けの手紙はプレゼントの送り主・アララギ博士からのものだった。トウコはその手紙を開いて親友に読み上げた。

「大事なポケモンをみんなに託します!トウコ様のやんごとなき采配に従って、三人で仲良く分け合いましょう!だとさ」
「絶対それ嘘だよね」
「はやく見たいよ見たいよぉ」
「遅刻したコがそれ言う?!」

急かされるままトウコは箱を二人の元へ置き直すと、中に入っていた三つのモンスターボールをあけた。
ポケモンは3匹とも小さい。見知らぬ部屋で見知らぬ人間に囲まれて、キョトンしている。トウコの顔を見上げたり、チェレンの足をつついたり、ベルのまわりを一周したりと落ち着かない。その内の一匹がくしゃみをした拍子に、ボボッと火花が飛んだ。

「おいキミ、うちの家燃やしたりしたら、損害賠償ものだかんね」

思わずそう注意すると、ぷっくりしたポケモンは黒い耳をしゅんと垂れ下げた。とたんにベルがそいつをヒョイと持ち上げて、とびっきりの笑顔を見せる。

「トウコ、そんな怖い顔しちゃダメ、おびえてるよ!よーしよし、大丈夫!顔は怖くても、心はそんな事ないんだよ〜」

ベルが優しく頭をなでると、そいつはくすぐったそうにして表情を和ませる。その様子を嬉しそうに眺めて、彼女は隣りのチェレンにたずねた。

「ねぇねぇ、このコは何て言うんだっけ?」
「ポカブ。で、そっちのコがミジュマルで、こっちにいる方がツタージャ。…ポカブは炎タイプだね。といっても、家一軒を燃やせるような力はないさ」
「どうだか…」

思わずそう呟くトウコは、ふともう一匹の白いポケモン、ミジュマルに目が向いた。お腹にホタテがついてる…アップリケだろうか…
などと思案していると、そいつはトテトテとトウコのところへ歩み寄った。はい、とお腹の貝殻をはずして差し出してくる。何か勘違いをしているのか、ニコニコと満面の笑みを浮かべて。トウコは脱力したように肩を下げた。

「いや、別にいらないから…キミのでしょ…」
「マルマル、み〜ぃ」

いいから遠慮するな、と言わんばかりのそいつに呆れていると、

「トウコはミジュマルにしたんだね〜。じゃぁ、わたしはポカブ。チェレンはツタージャね!」
「え、」
「なんでベルが決めるのさ…まぁ、いいけど。ぼくも最初からツタージャが良かったから」
「待っ」
「わ〜、私のポケモン…!初めてのポケモンだぁ。よろしくね!」
「これでぼくも、今日からトレーナーだ…!」

うっかり決められてしまっていた。トウコは猛抗議で取り消そうとしたが、二人の上気した表情を見て言葉が引っ込んだ。そんな幸せそうな顔をされては、もう何も言えないじゃないの。

「…ま、いっか」

ポカブはさっきガンをつけた時に怖がらせてしまったらしいし、何よりベルと意気投合してるみたいだ。チェレンもお目当ての相手と組めて満足そうにしてる。キツそうなつり目をした草タイプのツタージャと、ツンツン系草食男子のチェレン。同じ草タイプだ、とトウコは思った。
どちらにせよ、すでに変更はきかなそう。それにー

「ミジュンゴ!」

ずずい、とミジュマルはトウコの足元まで進み出ると、片手を差し出した。挨拶のつもりなのだな、とわかった。
トウコはしゃがみ込んで視線を合わせる。小さな丸い手をおそるおそる握った。ミジュマルはニッコリと満足げに笑うので、つられてちょっと笑う。

「ええと・・・・トウコっていいます、はじめまして」
「ミージュ」
「これからよろしく」
「まるジュ!!」

まかせなさい、と胸を張る相棒と挨拶を交わしていると、いつの間にか初のポケモンバトルをする流れになった。

「だって、このコ達まだ弱いでしょ」と屈託なく笑うベル。やる気をみなぎらせたポケモンの鳴き声。引き裂かれる枕。なぎ倒される本棚。しっちゃかめっちゃかに蹂躙される部屋と何故か無傷のwii。「自分はここまで散らかさない」と豪語して片付けようとするトウコの邪魔をするチェレン。

トウコは必死に怒天髪を抑えるのだった。




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