ポケモン

□クリドとレントラー
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中庭に、ひとりの兵と一匹のデルビルがいるのを見つけた。兵は生垣の傍で立ちぼうけ、デルビルは歓喜溢れる様子でその周りを駆け回っている。珍しくもない光景だと思ったクリドだったが、その兵が見覚えのある人物である事に気づき、ふいに立ち止まった。

ヘルガー使いの兵卒だった。クリドは戦場で、彼とヘルガーの連携を幾度か目の当たりにしたことがある。兵卒の指示は的確で、ヘルガーは怯まない。その姿をクリドは良く覚えていた。

戦場へ狩りだされるポケモンはことごとく短命だった。ポケモンの扱い方は兵によって様々だが、使い捨ての武器とする者は決して少なくない。そうやって命を落とすので、兵は次の戦には新しいポケモンを連れている。
だからひとりの兵が同じポケモンを使役すれば、それだけで記憶に残った。

今彼の傍に、ヘルガーの姿は見当たらない。兵卒のポケモンは38部隊の指揮下にあるから、引き渡しているのだろう。しかし、はしゃぐデルビルを眺める兵の背中に、何故か得体の知れない違和感をおぼえた。疑問に思うまま彼のほうへ足を進める。
やがて兵はこちらに気がついた。顔は知っているものの、面識はない。挨拶をしようとすると、彼は慌てたように直立不動の敬礼をとった。
クリドが訊ねると彼は自分の連隊と名を明かす。その様子には覇気が無く、憔悴しきった面持ちであった。

「自分とあいつが……少佐殿の記憶にあったなど、夢にも思いませんでした。光栄です」
沈んだ声で告げると、兵はデルビルを見降ろして呟く。
「ですが、あいつはもう……」

その先は続かない。しかし、察するには有り余った。
永遠の別れ。不思議だった。露とも悲しみを感じない者もいれば、哀惜に暮れしきる者もいる。彼はどう見ても後者だ。

クリドもその場にしゃがんで、デルビルを見つめた。じっと自分を見ている人間二人に気がつくと、デルビルは飛び跳ねるようにやって来た。つい先ほど、38部隊から支給されたのだという。
体の小ささから、生まれて間がない事を知る。広大な世界を知らずに、城の片隅の小さな中庭を歓喜いっぱいで走り回る様は、やるせなくも愛おしかった。

「自分はまだ、あいつの死に顔にも立ち会っていません。このデルビルを受け取るかは……それから決めるつもりです」

兵の声には何の感情もこめられていない。疲れきった響きだけが冴え冴えと伝わってくる。

「未だ立ち会わないのには、何か理由でもあるのか?」
「はい。事務処理の関係で、今は38部隊に保持されているとの事です」

クリドは微かに眉根を寄せた。しかし、心中に浮かんだ疑問は口外せずそのまま伏せた。
それとは逆に、兵は徐に口を開く。

「あの部隊は…デルビルを突きつけてこう言いました……もう一度『あいつ』を作り出せ、と……一度やれたのだから、同じことをすればいいと」
「……」
「でも、もう……そんなモノは要らないんです。戦場に必要なのは相棒じゃない。武器だ。ただの道具だ…あいつは自分にとって、武器以上の存在でした。最初で最後の」

うな垂れ足の爪先を睨む兵は、肩を落とした老人のように見えた。そして、激情に震える子どものようにも見えた。

「俺は、ただの武器が欲しい。それがだめなら……あいつに会いたい」

その一言で、彼に掛けようとしたあらゆる言葉を、捨てざるをえなかった。




38部隊という、名と体は異なれど元より存在していたその組織が、クリドは気になってはいた。けれど完全に嫌悪の対象と断定するようになったのは、それから数年が経過してからだった。
戦争が始まり、長期化するにつれ部隊は本性を見せ始めた。ポケモンを生き物とすら見なさない冷血な本性は、国家の勝利の名の下に正当化されている。

忘れがたい苦い体験が、つい最近その部隊によって引き起こされた。



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