ポケモン

□クリドとレントラー
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西と東が興廃を掛け争う戦乱の中、敵味方区別なく語り継がれる一つの戦がある。
正確には、その最中に起きた一騎打ちがそうだった。当時最強と謳われた西国の軍人と、全くの無名だった東国の軍人。


互いの得物は、鍛え抜かれたポケモンたち。その熾烈極まる戦闘に、誰も近づく事すらかなわない。戦場にひしめく兵のことごとくが、地を裂き天を突く攻撃に巻き込まれまいと慄いていた。

激闘の末、一条の雷光が百戦錬磨の兵士を貫く。

完全に士気の上がった東軍が、完全に士気の下がった西軍を一気に蹴散らした。
時の人となった軍人は、この時わずか十代の少年兵だった。


* * *


東の大国の王家には、特別な石が家宝として受け継がれていた。
夜空のような色を湛えたそれは「拝盾の石」と呼ばれている。何世紀前の物かも知れない古い宝石は、「やみのいし」と同様の力を持っていた。しかしそれは幾度使用してもなくならず、そして、ニダンギルというポケモンにしか使えない代物であった。

その石で進化したギルガルドは強固な盾と力を持ち、国に栄光をもたらすとされた。
厳かな空気とそうそうたる顔ぶれの下に行われる進化の瞬間は、いつしか「拝盾の儀」と呼ばれるようになった。



「疲れたな」

瀟洒な広い部屋で、彼は独り言をつぶやいた。
生まれてはじめて入城した、山頂に聳える本城。そこで行われた「拝盾の儀」を終えて、彼は徐々に肩の力を抜きつつあった。冴えない台詞は、つい零した彼の本心だ。

とはいえ、今の己に誇らしさが無いと言えば、大嘘になる。軍人としてこれほど名を上げる事が出来たのだから。くたびれたと感じると同時に、「これからだ」という燃えるような思いもあった。

彼は部屋の隅にいるギルガルドとレントラーに目を向けた。
この国では王家に功績を認められた者だけが、ギルガルドを伴う事ができる。その際に行われるのが「拝盾の儀」で、つい数時間前までこいつはニダンギルだった。だが今はぐうすか眠っており、威厳も何もない。姿形は変わっても昼寝好きの中身は健在だと知り、彼は苦笑する。

やがて傍らのレントラーがそこを離れ、しずしずと歩き出した。広い部屋に、所在無さげに立つ彼のもとへ。
彼女は半生以上をともに過ごした、彼の相棒だった。どこにでも一緒にいたし、逆に一緒にいる為にどこへでも行った。

そうして今、彼と彼女はここにいた。
レントラーは彼の足元まで来ると、明朗な声で一声鳴いた。ただまっすぐに目前の人間を見据えている。
彼はレントラーの頭に手を置いて、床に腰を降ろす。

顔の高さが合わさって、彼らは見つめ合う。彼女は微笑んでいた。磨き上げた宝玉のような瞳に、彼の顔が映りこんでいる。

彼は微笑み返して、両腕を伸ばす。抱え込むようにレントラーの頭を抱きしめると、レントラーは彼の肩にすとん、と顎を乗せた。

「疲れたよ…」

肌を刺す漆黒の毛並に埋もれながら、彼は同じ事を呟いた。














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