ポケモン

□Pkmn
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「はい!これあげるよ」

そう言ってヨウが差し出したのは、1枚のハートのウロコだった。

コニコシティにあるブティックから出て、リーリエは間もなくヨウと顔を合わせた。ヨウの方は、向かい側にあるレストランで食事を済ませたばかりらしい。
手の平に落とされた虹色のウロコを、リーリエは目を丸くして見つめた。ヨウはさっぱりと告げる。

「リーリエにおすそ分け」
「…け、けど、悪いです…こんな、とっても綺麗なもの…!それに貴重なものなんですよ」
「そうなんだ?」

ヨウは意外そうな表情をした。その様子に、リーリエはうんうんと力強く肯定する。
それはどこか、言い聞かせているようですらあった。しかし、ヨウはあまり気に留めずにさっぱりと返した。

「さっきあそこの中華屋で、サービスで貰ったんだよ。2個もあるし」
「そ…そう、なんですか…」
「?…うん。貰った時さ、リーリエに似合うなぁーって、何となく思ったんだ。そうしたら今、ばったり会ったろ」
「…」
「遠慮すんなって〜!いつもみんなのこと、回復してくれてるんだから」

あげる。と笑って、ヨウは頓着なくスタスタと行ってしまった。
その場に残されたリーリエは、手の平の虹色から目が離せなくなった。ほしぐもちゃんが、ぴゅうぴゅうと忙しなく鳴いてカバンを揺すりだしても、じっとそのままだ。

「ありがとう……ございます…」

やっとそう言った時には、すでにヨウの背中は灯台の方へ消えてしまっていた。





「中華屋さんの…サービス……」

リーリエは何故か、困ったような口調でそう零した。

アーカラ島はずれにある海岸。そこに一人と一匹は座って、海を眺めていた。
リーリエの白いスカートの裾には、ちょこんとほしぐもちゃんがおさまっている。もくもくした両腕でハートのウロコを持ち上げて、楽しそうに眺めていた。

「…そういうものなんですね」
「ぴひゅ?」

訝しそうにするほしぐもちゃんに、リーリエは切なげに微笑んだ。

「ハートのウロコ。私にとっては、手の届かない…特別なモノ。その象徴、だったんです」

ほしぐもちゃんはきょとんとリーリエを見上げ、そしてハートのウロコに視線を戻す。「ぷひゅ…」と鳴いて、リーリエの膝にそっとウロコを置いた。

ころんとしたハート型。虹の光を閉じ込めたような色。
リーリエはそれに、かけがえのない思い入れを持っていた。書物で得た知識とは、一味も二味も違った。
しかし母親から離れ、外へ出てみれば……それは一つの「モノ」でしかないのだ、と知った。
食べ物屋さんの景品として手に入る。「おすそ分け」と笑って、容易く人にあげられる。

「そういう物、なんですね」

生まれて初めて反発し、母親のもとを去った。そうしてリーリエの世界は、変貌した。
昔、本で読んだ「宇宙の始まりの爆発」のように、リーリエの世界は、止めどなく膨らんでいる。
本で得た知識では追いつかないくらい、色んな事が起き、色んな人やポケモンがいて、色んな考えで溢れていた。

「こんな私じゃ…何もできなくて、当たり前ですね」
「ぴひゅい!」

ふくらむ世界に、竦んでしまう。
私には、怯まずに自分からぐんぐん世界を広げる度胸がない。ポケモンを助けようと、怖がりながらも吊橋へ足を踏み出す勇気がない。

「でもちょっとずつ、近づきたいな」

胸の内を零せば、ほしぐもちゃんがふわりと宙を舞う。もくもくした腕を、リーリエの両頬に添えた。
暖かいような、冷たいような不思議な感覚がした。一人と一匹は、しばし見つめ合う。そして、笑った。

ううん。
近づこう。あの勇気に。

初めてそう思った。




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