ポケモン

□かがりび
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ヒトカゲは建物の屋根に座って、のんびりと空を眺めていた。

紺色の空を背景に、ヤミカラスたちが一塊になって飛んで行く。どこに行くのかな。そう思っていると、突然下の路地から泣き叫ぶ声が聞こえる。ニンゲンの子どもの声だ。それにつられて、ヒトカゲはひょいと屋根から顔を覗かせた。

「うえぇぇん!マリー!」

小さな女の子が悲痛な声を上げている。その正面に、二つのちっこい姿がチョロチョロと動いているのが見えた。

「ぷぷぷー、マリーちゃんだってさ!」
「ひーひひひ!ヘイパスパス、マリーちゅわーん!」

ニャルマーとパチリスだった。二匹が「マリーちゅわん」と呼んでいるのは、ニンゲンのおもちゃのようだ。二匹はそれをぽんぽん投げ合って遊んでいる。
おもちゃの人形はカクカクと変な動きで投げ飛ばされ、パチリスとニャルマーの間を行ったり来たり。女の子はそれを追いかけたくてたまらない様子だが、それ以上に恐怖にすくんで動けないようだった。
おそらく、この二匹が恐いのだ。

さして恐いとは思わなかったヒトカゲは、サカサカと屋根の上を走る。小さな配管や錆付いたベランダの柵などを伝い、あっという間に路地へ降り立った。

「チビニンゲンのチビニンギョーは、変なカッコだな!愛想もゼロ!」
「頭の毛までニンゲンと瓜二つ。きっもち悪―い!」
「ねぇねぇ、もう止めときなって」

そう声をかけると、二匹はぐるりとヒトカゲに向き直る。

「何よアンタ?何いってんの?」
「何の用だよ、つるっぱげ。邪魔する気か?」
「つるっぱげとか言うなっ。おまえら、その辺にしとかないと―」

言い終わる前に、ヒトカゲが心配していたことが起きた。
ひときわ大きい悲鳴が、女の子の後ろから上がって、三匹は思わず首をすくめた。
そら来た。この子の親だ。

「近づいちゃダメ!」と絶叫しながら、大人のニンゲンはもの凄い勢いで少女の元へ走り寄る。我が子を引っぱり、自らの後ろへ庇うように移動させる。

「この…!あっちに行きなさいっ、行きなさいったら!」

母親は足元にあった石くずを掴むと思いっきり投げつけてきた。ひゅんと飛んできた石ころを、ニャルマーは尻尾ではたき落とす。そしてめんどくさそうに顔を顰めた。

「チチッ!でかい面しやがって!」
パチリスはくりくりしたつぶらな瞳を吊り上げて、持っていた人形をぽいと捨てた。

「つまんないの、ふーんだ!さっさと行きましょ。クジョタイが来たら、それこそつまんないわ」
尻尾をツンと立ててニャルマーがそう吐き捨てる。

二匹はヒトカゲの方を見やり、
「「フン!」」
とそっぽを向くと、路地の向こうへ走り去った。

「しっつれいな奴らだなぁ・・・」

ヒトカゲは呆れてそう言った。
まぬけなポーズで石畳の上に横たわる人形をじっと見る。それから親子をふり仰いだ。こちらを睨みつけている大人と、その後ろにしがみ付く子ども。二人の目にはやっぱり、同じような怯えが浮かんでいる。

ヒトカゲは身を翻して、素早くそこから離れた。



パチリスやニャルマーのような連中はちっとも珍しくない。むしろ、いっぱいいる。ヒトカゲの友だちの中にだって、そんな奴は珍しくなかった。
無愛想で乱暴。ニンゲンには、もっと乱暴。しかしヒトカゲは、そんなにいうほどニンゲンが嫌いでもない。
そう言うと、大抵のやつらは憤慨した。

「どうしてだよ?おれたちがこんな肩身狭くしているのは、ニンゲンどものせいなんだぞ!」

いつもそんな感じの言葉で怒られた。星の停止が起き、欲張りなニンゲンが起こした戦争で世界は好き勝手にされ、ポケモンたちは沢山死んでいった。殺された。……というのが、大昔に実際あったという話。

なんでもこの街には、最後の一つとなった「時の歯車」が、ニンゲンたちの手で隠されているらしい。こうして時間が生き残っている唯一の場所さえも、ニンゲンは我が物顔で独占しているというわけだ。ポケモンの住処は、どこも光の当たらぬ場所ばかり。

それでもヒトカゲは、周りのヤツらほど人間を恨んではいなかった。理由は一つ。ヒトカゲの一番の友だちが、ニンゲンだからだ。




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