ポケモン

□神さまと街
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リィエンは何か言いたいのに、何をどういえば良いのかわからなかった。
ただ少し前を行くカナヤのライトと、すぐ足もとにピッタリついてくるヒトカゲの明かりを頼りに進んだ。部屋に辿り着くたび、本や紙っぺらを物色している一人と一匹を見るともなしに見ながら、ついて行った。

ただただ、聞かなきゃよかったと思った。こんなしょうも無い話なんて、知らないままでいれれば良かったのに。でも考えてみれば、わかることだった。
過去が変われば、未来も変わる。
過去へ行って停止の原因を阻止する。それより他にすべは無い。そう聞かされたときから、それは自分たちが消滅するという事なのだと気づけたかもしれない。だが「消える」だなど、いまいちよく理解できないし、そこまで救いのない所へは思考が辿り着けなかった。

どうしたらいいんだろう。
前を行く男の背中を見ながら、心の中でこぼした。こいつらを止めなくていいのか。こいつらが歯車に辿り着き、停止の原因を知り、過去へ渡ってしまえば(随分遠い道のりではあるな)、自分たちは消えてしまう。けれど、どうやって止める。
 
自分が手も足も出なかったポケモンを蹴散らした奴らを相手に、力づくで止めれるとは思えない。止める言葉すら、あげられない気がした。カナヤもジュプトルも、停止を防いで自分が消えるのは承知の上という覚悟つき。そんな連中が、停止を目のあたりにした事も無い自分に説得などされないだろう。どうして自分の生まで投げ打ってしまえるのだ、こいつらは。本末転倒だと思わないのか?それとも、時が停まった世界というのは、そんな決断をとれるくらいひどいものなんだろうか。
だとしても、もの凄く言ってやりたかった。「世界が元に戻ったって、みんな死んだら意味ないだろ。馬鹿な真似はやめろ」と。

このまま何事も無かったかのように、帰るわけにはいかない。強くそう思う一方で、早く家に帰りたいという正反対の願望もあった。何も聞かなかった事にしたい。
だって、もし本当に歯車があって、星の停止に関する手がかりを見つけても、その先にはつながらない。夜中に危険を冒して忍び込み、ポケモンに追い回されたのは、何の意味もなかったのだ。自分やヒトカゲや街のみんなが消えるために、歯車を見つけたかったんじゃないのに。

「・・妙だな。随分静かだ」

前を行くカナヤの呟きを耳が拾った。
最初に訪れた時もこんな静けさだったが、何が妙なのだろう。一瞬だけ、頭の片隅で疑問が浮かんだがすぐに掻き消えた。

そうこう考えていると、薄暗い行く手に部屋の入り口が見えてきた。
今度は広い部屋だ。中に入るとやはり散らかっていて埃っぽい。奥の方まで来てみても、階段は見当たらなかった。ほっとしたような落胆したような、よく判らない気分で周りを見渡す。入ってきたのとは違う、別の廊下がこの先も続いている。
カナヤは足元の古びた本を拾い上げて、明かりにかざしていた。ジュプトルは朽ちて傾げている机に載って、油断なくあたりを見渡し続けている。ヒトカゲはリィエンの足もとに寄り添うようについて来ている。さっきから、一声も発さない。

消沈してしまっている相棒の様子に、はっと気づかされた。さっきから、己の事しか考えていなかいじゃないか。こいつだって、あのとんでもない話を聞かされてショックだろうに。

ヒトカゲが消えてしまう。

その事に思い至ったとたん、頭の奥で押さえられていた恐怖が一気に噴出してきた。そんなのは、絶対にだめだ。停止が消えて、元に戻った世界で生きられもしないのなら、消滅するしかないというなら、過去を変えるわけにはいかない。

でもそれは、何てみじめな事だろう。
ヒトカゲはーこの街のポケモンは結局、明るい街で楽しく暮らすことができないというのか。そんなのは夢のまた夢で、滅びかけた世界で生きていくしかなかったのか。
リィエンはヒトカゲに声をかけようとした。そのとたん、離れた所にいるジュプトルが鋭い声を上げるのが聞こえた。


黒い影が上から落ちてきた。

音もなくすぐ傍に現れた影が、ヒトカゲの明かりで照らされる。黄土色の触覚と巨大な羽が目に飛び込んできたが、よく認識する前に別の方へ気をとられた。重々しい振動が床を伝わってきたのだ。方々から、4・5回。

「かたまれ!」

言ったのはカナヤで、そのままこちらにすっ飛んできた。カナヤの向こう側から、何か黒くて丸っこい物が跳ね回っているのが一瞬見る。
そうしてやっと、この部屋にさっきみたいなポケモンが現れたのだと判った。それも複数。

黄土色のポケモンはその羽を忙しなく動かして、すぅと宙を滑った。と思ったら、目と羽の模様が淡く光りだす。
思わず後退したリィエンとは反対に、足元のヒトカゲがそいつに向かって進み出た。ぎょっとして叫ぶ。

「おいおい!だめだ・・」
まさか、さっきみたいに話しかけようとしているのだろうか。もうそんな悠長な対応は、ここいらのポケモン相手にできなさそうなのに。
慌てて引きとめようとしたとたん、ヒトカゲの身体がふわりと浮いた。

「カゲゲゲゲカ・・!」

あっという間にリィエンの目の高さまで浮かびながら、ヒトカゲは手足をばたつかせて鳴きまくっていた。何がどうなっているのか判らぬまま、リィエンは上に行ってしまう相棒におもいっきり両手を伸ばした。指先がかするが、届かない。

「ヒトカゲ!」

リィエンがそう叫ぶのと、そのすぐ傍で「なむさん!」という掛け声が上がったのが同時だった。とたんに前ぶれなくヒトカゲが落ちてきた。リィエンは伸ばしたままだった手を慌てて差し出したが、ほとんど顔面でキャッチした。
相棒を抱きしめて見やると、すぐ隣りにカナヤが来ていた。さらにその隣りにいる黄土色の羽虫ポケモンは、光るのを止めて怒ったようにギィギィ鳴いている。どうやらカナヤが、手に持っていた本をポケモンに投げつけたようだった。

「け、怪我無いか?」

リィエンがどもりながら訊くと、相棒はギクシャク頷いた。驚きから覚めれずに目を丸くしている。リィエンも半ば呆然としながら、羽虫のポケモンを振り仰ぐ。あのポケモンがやったんだ。やっぱりここに出るポケモン達は、街のポケモンよりずっと攻撃的なようだった。
ドスンバタンと背後から音が近づいてくる。さっきまで不気味なほど静かだったというのに、部屋は一気に密度が上がっていた。恐らく二匹や三匹じゃない。これは、絶対にやばい。やっとそう思った。

「モテモテだなこりゃ!逃げるぞ」

カナヤがどこかにいるジュプトルに向かってか、そう声を張り上げた。こちらにも「いつでも走れるようにしとけよ」と言うが、その間にも羽虫ポケモンがさっきと同じように光り出している。危ない、と口ずさむ直前、地面の一箇所が弾け跳び何かが羽虫ポケモンに直撃した。ジュプトルだ。どういうわけか床の下から飛び出し、そのポケモンを上空へ吹き飛ばしてしまった。自身は身軽に、カナヤの傍に着地する。

息つく暇もなく、今度は腕の中のヒトカゲがササッと飛び降りた。慌てて止めようとするも相棒は一瞬でリィエンの後ろに回り、「ガァァッ!」と聞き慣れない鳴き声でほえた。
何してるんだこいつさっきから。リィエンは遮二無二ヒトカゲを捕まえようとしたが、逆に肩をつかまれた。カナヤだ。

「まぁ落ち着け」

「無理だって!」
あまりの台詞に声が裏返った。ヒトカゲの前に、何倍もの大きさのごつごつしたポケモンが姿を現した。鉄塊が生き物になったような容姿で、太い四足と顔面に恐ろしい角を持っている。敵いっこない。このままでは、ヒトカゲが踏み潰されてしまう。

「無理でも落ち着け。俺達が焦れば、こいつらの足をひっぱるだけだ」

「何言ってんだ!戦えるわけないだろ。今逃げるって言ったのあんただろう!」

「逃げるにはスキが必要だ。大丈夫。お前の相棒はわかっている。だから、お前は落ち着け」




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