OBR

□終盤戦
60ページ/72ページ








痛みに腸を煮えくり返らせて、亮は瞠目する。
こいつが、こんな女までが、やる気になってるって言うのか…!

亮は力いっぱい息を吸うと、激痛に耐えながら後ろに跳んだ。車体に身を隠しながら、自分の銃を紫苑へ向ける。しかし、とてもじゃないが狙いを定められなかった。

紫苑も即行で反対側の車体に駆け去っていく。亮が怒りと苦し紛れに放った弾は、そのフロントガラスをまっ白にするだけだった。

―ほら見ろ。弱気になったとたんに、これだよ。

やはり自分は間違っちゃいないのだ。罪悪感なんて、そんなものを感じている場合じゃない。

がくん、と亮はたまらず座り込んだ。痛くてしょうがない。腕にお見舞いされたとき以来の尋常じゃない激痛だった。
相手が女子だろうと、力が有ろうと無かろうと、二人とも撃ち殺すべきなのだ。そう思いながら自分の拳銃を見下ろす。相変わらずガタガタ震えていて、どういう訳かおさまりそうになかった。

「ちゃんと弾は入ってますか?梶原くん」

穏やかな、全くいつもと変わらない調子の声がそう言った。
「嬉しいですね。ようやく戦闘らしい戦闘ができます。私、負けませんよ」

ふざけんな。舐めてんのか。亮はそう叫び返そうとしたが、喉が強張ってちっとも声を出せなかった。
震えが、止まらない。

落ち着け。いつもの自分を思い出せ。そうだ。最初の俺は、どこに行った?銃を撃つのを楽しんでたじゃないか。それぐらいの気概で良いのだ。いつもの自分なら、こんな奴ら相手に遅れをとる筈がな―

背中のすぐ傍で銃声が鳴る。
亮は転がるようにその場を離れた。デイパックがその場に置き去りにされたが、構っている余裕は吹き飛んでいた。ぐらつく全身を奮い起こして、壁と車の並ぶ隙間を突っ切って逃げる。

そのすぐ前方に、外へ続くドアがあるのを見つけた。それは、自分が入ってきたのとはまた別の出入り口だった。
ほとんど何も考えずに、亮はそのドアめがけ駆け出した。

力の入らない片足を庇い、ケンケン跳びの要領でドアに飛びつく。背後を振り返ると、ちょうど間近に迫った紫苑が銃を向けている所だった。
意味のない叫び声をあげながら、そちらへ向けて引き金を引いた。同時にドアを押し開ける。

相手からの発砲はなかった。亮は拳銃だけを握り締め、我知らず一心不乱にガレージを飛び出した。こもった土埃の空気から一転、澄んだ外気と風にあたる。そこは中庭に面した出入り口だったが、すでに視界が霞んでいる亮には知り得なかった。

未だに震えのおさまらない手で、拳銃をきつく握る。よく見えない。ここがどこだか――。いや、どこでも良いから、離れないと。もうたくさんだった。
だがそう思った矢先、数歩と進まぬ内に亮は前のめりに倒れこんだ。新しく生まれた脚の傷から、それまで以上の出血を起こしていたのだが、またこれも、知り得ないことだった。ただ不愉快に目が眩み、不自然なほど唐突に体が重く感じるだけ。

日の光は射さないが、辺りは明るい。遠くでたまに鳥の声がした。そしてそれは、激痛に苛む亮の気持ちを微塵も慰めなかった。
何で、動けないんだ。

ざく。後ろで草を踏む音がする。恐怖で体が強張ってくる。

どうなってる。このままじゃ俺、本当に―
何とか立ち上がりたくて、地面に手をつけようとした。しかし、微塵も動かない。その手から、拳銃の感覚がするりと消え失せた。

「こんな立派な武器があるのに…どうして逃げちゃうんですか?」

少しだけ怒ったような、呆れたような声で紫苑がそう言うのが聞こえた。
やめろ、と叫ぼうとした時。

「梶原!」
「おいよせ!!」
「紫苑ちゃんっ!」

自分のでも、紫苑のでもない幾つかの怒声がした。
それと一緒に、立て続けに発砲音が響く。強烈な振動が後頭部に走って、足先までもを一瞬で駆け抜けていった。
それでやっと亮の震えが止んだ。



銃声は余韻を引いて、からっぽの静寂に飲み込まれていく。
紫苑は亮の頭が弾け飛ぶのをすべて見ていた。手を伸ばせば届くほどの距離でも、拳銃を当てるのはむずかしかった。3発撃った内に亮に当たったのは、1発だけだ。最初の攻撃が当たったのは、まぐれだったのだろう。もっと上達したい所だ。

両腕を下げて、小さく息をつく。紫苑は何も言わなかった。目の前に現れた人物達も、凍りついたように口を閉ざし、絶命した亮を凝視している。

ぴんぽんぱんぽーん

間の抜けたチャイムが突然、大きすぎるくらいのボリュームで静寂を破った。

「ランチタイムだ!みんな。やってるかい!?12時の放送、始まるよ〜!」

ゆっくりと、紫苑はやってきたクラスメイトの方へ顔を向けた。











【残り 13人】












.

次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ