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□決戦 ―FINISH―
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修二はカバンの口を開けて探知機を入れる。いつでも画面を覗けるように、中の荷物で上向きに固定した。両腕が空き、これで少しはマシに狙い定められる。
縮こまり、じっとしている里帆へ、銃口を向ける。
銃弾の有無は、進一の荷物を回収した際に確認済みだ。
彼女の顔が反対側へ向けられた瞬間、初めてその引き金を引いた。
よーいどん、のあれだった。
ただ、馬鹿みたいな衝撃で腕が跳ねる。
頭を狙った銃弾は大きく外れて、あらぬ空間へ消えていった。突如、すぐ傍で鳴った銃声にビクッと跳ねた里帆に、すかさず二発目を放つ。今度は狙いやすい、胴体へ向けて。
自分が撃たれたと気づいた里帆は、叫ぶと同時に崩れ落ちた。見えない何かに横薙ぎに殴られたかのように、小柄な体が勢いよく傾く。
「うぁっ…!ああああッ!!」
背中を狙ったのに、里帆がうずくまって抑えているのは腰のあたりだった。この距離で狙っても、こんなに難しいのか、自分が下手くそなのか。そんな事を少し不安に思いながら、修二は泣き喚く里帆へ一歩近寄った。被弾した箇所を抑える白い手が、鮮血に染まっている。
―銃でとどめを刺すのは、もったいないかもしれない。
ポケットの中、圭太から奪い取ったごついナイフを取り出す。銃があっても結局は、こんなゼロ距離でしかとどめを刺せないのが現実だった。それなら刃物を使った方が、弾の節約になる。
もう後のない獲物の、恐怖と苦痛に見開かれた両目が、修二を捉える。見慣れた赤い色が少し気持ち悪くて、目をそらしながら刃先を向けた時だった。
ダァン、と何処か上方から銃声が響いた。
一瞬肩をこわばらせ、辺りを見渡す。人影も、気配もない。慌てて口の空いたカバンを覗き、探知機の画面を確認する。里帆と修二。点は二つだ。
お仲間二人のどちらかか。音は上の方、しかも直実たちとは反対の方向から聞こえた気がしたが、周囲を校舎に覆われた中庭で、反響しているのかもしれない。
銃声の余韻に追い立てられるように、修二は里帆から離れ生垣に寄り添った。せめて身をかがめるも、この行動に意味があるかは分からない。相手の居場所も、意図も、そもそもこちらに気づいているのかすら確かじゃなかった。だが、里帆の悲鳴に反応した可能性は高い。
誰だよ。こんちくしょう。
探知機の画面に変化はない。不本意なかくれんぼに悪態をついていると、里帆の喚き声が嫌でも耳を詰った。
「なにすんのよ!……痛すぎ!ウソよこんなの…!いたいよぉ…!」
元気に絶望している里帆の喚き声が、際限なく続く。
「そこ、までして…こんな…ッ!こんなこと、までして、生きたいの!?醜すぎ!このっ、ひとごろし!」
探知機の画面から、周囲の景色へ視線を移す。異変はない。
「痛い!痛いいたいいたいっ!!この、ばかぁ!あたし何もしてない、のにぃ…。ひとごろしっ、バカタレっ…あんたなんて……あんたみたいな醜いやつ…生きて帰ったって、誰も許してくれないんだからぁ!」
そうっすね。と、警戒をしながら、修二は無意識に里帆へ返事をしていた。心の内で、表には出さないが。
「お父さんにも、お母さんにも!」
それはないな、と思った。息子が人殺しとなり果てようが、死体で戻ってこようが、あの母親は何とも思わないに違いなかった。ただ、優勝者には多額の賞金が与えられるという話が本当なら、流石に喜ぶかもしれない。
「カノジョにだって!」
イマセン。
そういえば彼女は、学校のマドンナだ。自分がモテモテでそういうのに困らないからって、他人もそうだなんて思うなよ。
「それから…それから、なんかすごく大切で大好きな人とかでも、絶対嫌われるんだから!」
「……そうかもな」
無言を破り、小さくこぼす。
だとしても、問題なかった。自分と「あれ」はとっくに縁が切れ、他人同士となったはずの間柄なんだから。
ほんのひと時だけの、仄暗い思い出しかない、兄妹関係だ。
修二は探知機の画面を注視する。画面の端から点が一つ、現れた。
方向からして、陽平か、直実だ。
仲の良いことで。心の内でそう毒づきながら、修二は踵を返した。逃走する為ではない。一度離れて、里帆に気をとらせるために。
逃げたと見せかけ、やって来た奴の隙を後ろから突く。
醜い。
望むところだった。
これはプログラムだ。生き残る道は一つだけ。
他人のために自分を犠牲にするなんて、間違っている。くだらない泣き寝入りじゃないか。そんなのは許せない。そんなものは、
『辛いのなんて、別にわたしだけじゃないでしょ。みんな一緒。苦しくても悲しくても、誰かのために笑って頑張れる強い人なんて、いくらでもいるんだよ。わたしもなるの』
――反吐が出る。
クソみたいな台詞と、出来損ないの泣き笑いを思い出して、修二は静かに深く息を吐いた。
【残り 9人】
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