OBR

□序盤戦
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なんてことないようにしゃべり続ける男を、智見は呆然とながめた。
 信じられなかった。本当に、あのプログラムなのだろうか。宝くじで億万長者になるような確率だというそれ。毎年テレビのニュースで映される、赤いものでドロドロに汚れた中学生に、怖いな、可哀そうだな、でも宿題やらなきゃ、と思っていたあれ。それにあたしたちが?何かの間違いでしょう?

 けれど、あのひどい死体は――戸市先生は、まぎれもなく・・・死んでいる。
 
「とー、言うわけでだ。命がけのエールをくれた戸市先生のためにも、みんな一生懸命がんばろう!じゃぁ流加、先生しまっちゃってー。ちゃんと別室に置くんだぞ」
 またボクが・・・とか言いながら、再びそいつは亡骸を引きずって消えた。目に映らないのが不思議なほどの生臭い血の匂いが薄まった気がしたが、気のせいかもしれない。
 「よしよし、ではルール説明はじめようかね。とーっても大事なことだから、おおざっぱに聞き流してると、たいへん後悔しまーす。みんな席ついてきこうな、ハイ、ちゃくせーき」
 残された、もみじ模様の血だまり。その近辺で席から逃げて立ち上がり、今はない死体におののいていた数人の生徒がそろそろと戻っていく。みな智見と同様に、ショックから抜け出せずにいた。

明るくて優しいドッチは人気教師だった。導く、というより生徒を見守って「困ったらおれが受け持つから、やれるだけやってみろ」というスタンスでB組を教えた。注意されないのをいいことに、ほとんどみんなが「先生」ではなく「話せるアニキ」という了見で接していたが、智見は尊敬していた。数少ない、本音を言える大人の一人として。
 なのに、どうして。

 「おうい、紺野。ちゃんと席ついてしっかり聞かないと、あとで困るのは自分だぞう」
 前の方で、美香はまだ恵に張り付いて動かなかった。恵が何か囁いたけど、美香は首をちぎれんばかりに振り泣きじゃくっている。
 「まぁいいか。そこからでもしっかり聞いてろよ。大まかな概要はさっき言ったとおり。クラス全41人の内、最後の一人になるまで真剣勝負で殺し合います。生き残れればお家に帰れるし、本人も家族もほぼ一生涯生活の保障が約束されます!しかもなんと、総統閣下のサイン色紙が贈られます!しかも直筆!すげーなー、ほしーなー
 会場の中で、みんなはあらゆる手を使っても構いません!一人でもよし、二人で手を取り合ってもよし、グループでわいわいやってもよーし。あ、でもあくまで生き残れるのは一人だけだから、そのへんは喧嘩しないように、うまいことやるんだぞ」
 泥のように凝り固まった恐怖の隙間に、じわじわと怒りがわき出てくるのがわかった。最後の一人以外は、つまりほぼ全員は家にも帰れず、命もないという事なのに。なんと軽々しく言うのだろう。こいつは。
 
 「ただな、ひたすら身を守ってるだけじゃ、生き残れないぞ。誰かが死んでから24時間、次の死者が出なければそこで大変不名誉な時間切れとなります。優勝者は無し。その時点で生き残っている人すべてが、「退場」だ。
つまり、逃げ回ってばかりではなく、自分から積極的に殺してく必要があるってことだ。
みんな、確かに人殺しは怖いかもしれない。でも、この先みんなが生きていく中で、こういう勇気の出しどころってのは何度もおとずれるもんだ。ウンウン。大事なのは、踏み出す小さな勇気だ!最初の一歩が踏み出せれば、あとはどうってこと無いものさ。大丈夫!みんなならできるって、先生は一片の曇りもなく信じているよ!」

 父屋は言葉を切ると、おもむろにホワイトボードへ歩き出す。その短い静かな間に、しゃくり声がひとつふたつ、あがった。それに全く介さず、父屋は黒マジックを手に取り再び話し出す。
 「次に、会場について説明しまーす」
 そう言って、ホワイトボードに絵を描き出す。大きな長方形が三つ。凹の字型になったそれは、さらに縦横のいくつかの線が加わり、小さな四角がいくつもできていく。簡単な、建物の見取り図のようだ。
 
 「みんなに戦ってもらう舞台は、今は使われてない大学のキャンパスです。相当広いし、しかも二階建てだ。のびのび殺し合ってくれな。あたり前だけど、会場の外に出てはいけません。外には見張りがいっぱいいます。出ようとしたり、出ちゃったりした人は問答無用で射殺されるから気をつけてー。あ、それとな、キャンパスだけが会場じゃないぞ。建物の外――中庭とか畑や運動場も会場「内」だから、間違えないように!」
 
そこで黒マジックを置くと、隣の赤マジックを取り出した。「ただしですね」と間延びする声を出しながら、今度は赤い線を引いていく。長い縦線をいくつも。それが終ると、横線をいくつも。やがて、凹の字型見取り図をすっぽりおおう網目ができた。


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