OBR

□最後の日常
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「準、あぶねーっ」
後ろから喚き声がして、あわてて振り向く。思いがけない至近距離で、しかもものすごい速さで、二人の人影がこちらに突っこんでくるところだった。
「うわっ」
間一髪だった。夢中でその場から飛び退くと、すごい形相の梶原亮(男子5番)と鎌城祐斗(男子7番)がぶっとんでいく。どうやら亮を祐斗が追い回してる真っ最中だったようだ。危ないな。

見ていると彼らはそのまま水掘りの方へ向かっていく。やがてぎゃー、という叫び声と共に、激しい水音があがった。危ない上に、迷惑だな。
「あらら、やっちまった」後ろでつぶやく男子の声に
「やると思った」女子の声。
声の主は星山拓郎(男子16番)と秋山奈緒(女子1番)。二年のころから付き合っているカップルだ。そのそばで、さっき名を呼んで準を救った(ありがとう)野沢頼春(男子13番)と、シアワセタローこと村上幸太郎(男子18番)が腹を抱えて笑っている。さんざん笑いこけたあと、ぐず濡れになっているやんちゃ坊主と双子の片割れ「うるさい方」に合流した。奈緒を除く5人は、B組のムードメーカー(というか騒いでばかりいる)的存在だ。
りょうくんとゆうくん釣れたーっ、という声を後にその場を退散する。

そのままさっさとお座敷に入っちまおう。そう思って進めた足に、何か当たる。うちどころが良かったらしく、スコーンと蹴り飛ばしてしまった。同時に前の方で「ふわわわわ・・・」と変な声がした。

小柄な背丈、人形のようにかわいらしい容姿の三好里帆(女子18番)だった。変な向きにしたせいで、カバンから中身がぽろぽろなだれ落ちていた。ほとんどが化粧道具(いくつあるんだ)で、小さなミラーが準の足もとまで転がってきたのだ。
準は蹴り飛ばしたことがバレないようすぐミラーを拾い、そのままの流れでほかの道具も拾った。幸い気まずくなるようなものは何も落としていなかった。さすが女子。

手渡してやると、くらくらと眩しい笑顔が返ってくる。
「ありがと、名取くん。愛してるっ」
自他共に認める、クラス1可憐なスマイルだ。クラスどころか、学校中の男子どもを虜にしているに違いない。準には結構、眩しすぎる。里帆は準の腕を軽くぎゅっ握ると、すたすたお座敷に入って行った。里帆は誰にでも、ああいうノリで接する。おかげで、いちいち舞い上がったりせずに済んだ。

「あいしてるー」
あっははは、と刺のような笑い声に、そこにいるのが嫌でもわかった。尾方朝子(女子2番)、真中みどり(女子15番)、土屋直美(女子9番)。B組のトンガリグループだ。思ったとおり、朝子とみどりが氷の茨のような嘲笑をして、直美はむっつりと無関心に宙を睨んでる。

当の里帆は強いもので、全く取り合わず行ってしまう。準はあいまいな笑顔を返し、光の速さで逃げ出した。男子に不良はいないが、B組は女子が恐ろしい。激しい対立はなくとも、ちまちましたいじめやいびりはやっぱりあるようだ。

やれやれ、とお座敷のふすまに手をかける。しかしそれは、準が動かす前にさっと開いた。
「あ」
どきり、と心臓がはねるのがわかった。
「びっくりした。お先どーぞ」
そう言うと、横森真紀(女子20番)は笑いながらすいっと入り口をゆずってくれた。準は精一杯の平静を装って「悪い」とそこを通る。中へ入り入れ替わりに、あまり学校に来ない二宮咲枝(女子10番)とほんわかした雰囲気で本好きの園辺優紀(女子6番)との三人は出ていく。
振り返ってみることなどできずとも、神経の一本一本が背後に集中していた。

心臓のざわつきを抑えるために息を吐き、そしてまた、無意味な溜息をはく。さっさと窓際の隅の方へ腰を下ろすため、準は部屋の奥へ入っていった。


それから15分ほどしたろうか。なんとかかんとか、B組の全員が一つのお座敷に集合した。座布団の一つに腰を下ろし、低い机につっぷして、準は再びぼんやりしていた。

やがてしっかり者委員長の圭太へ、ドッチからの連絡がはいった。先生が来るまで全員そこで待機、とのことだった。うんざりしたような空気が部屋いっぱいに広がり、やがてそれぞれの談話に戻っていく。
いつものクラスの空気だ。特に見もしないのにテレビをつけておくと落ち着くのと同じで、準はこのクラスの騒音が嫌いではない。BGMようなものだ。



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