OBR

□終盤戦
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暗闇の中で目を凝らして、時計を確かめる。あと15分で10時だ。いつもの自分ならちょうど風呂に入りだすか、テレビの前にいる頃合だと気づいて、とたんに強い虚しさと恐怖に苛まれた。

「何やってるんだ俺。こんな所で…」

これからどうなるんだ、という不安を通り越して、樹弘は思わずそうぼやいていた。

便器に向き合ったまま、呆然と思考が入り乱れていく。情けない事に流れようとする涙と必死に戦った。
どうして、こんな目に合っているんだろう。俺たちが、一体何をした?ちくしょうめ。俺も。今あの講堂にいる4人も。圭太と乃慧も。それだけじゃない、クラスの全員誰もかれも、こんな事をする必要ないじゃないか?

しばらく悶々と考え込んでいたが、すっかり用を足し終えている事に気がつく。ただ機械的にやる事をやって外に出ると、蛇口へ近寄った。もしやと思ってそれを捻るが、やはり水は一滴も出てこなかった。水道も電気も、本当に止められているようだ。マイハンズ汚い。しかし、いたしかたない。

樹弘は顔を上げる。4人の待つ講堂がある方の、暗い廊下の先を見つめて立ち尽くした。その友人たちに思いをはせる。
何となく空気が戻って良かった。ひどく恥ずかしい思いをしたけど、みんながまた一時的にせよ笑顔に戻れた事を考えれば、そんな恥は鼻くそ並みの些末事でしかない。

けど、本当にこれで良かったのだろうか。

無事かどうかも知れない二人の事を思う。もっと別の事を口にすべきだったのではないのか?その場の空気なんか気にせず、トイレとか言って濁さないで、とことん話し合うべきなんじゃないか?特にあの、正論吐きの頑固者とは。

本音を言うと、プログラムが始まってより間もなくから、隆宏に対しての反発心はあったのだ。
寮を出発しみんなと合流をした直後、鎌城康介(男子6番)が園辺優紀(女子6番)を襲うのを見て思わず駆け寄ろうとした樹弘を厳しく止めたのも、隆宏だった。
優紀は鎌城の一撃に力なく倒れ伏し、とても無事とは思えない量の血を流して動かなくなった。すぐ傍で力の弱い女の子がそんな有様になっているというのに、「できることはない!出るな!」はないんじゃないか?

手当ての仕方なんか知らないし、あの怪我で助けられるかなんて、もっとわからなかったけれど。それにしたって、何か出来たかもしれないのに。ただ黙って見ている間、優紀は一人ぼっちで死んでしまった……あの時の自分たちにしてやれた事は、本当に無かったのだろうか?

そんな気持ちが心の中で未だに引っ掛かり続けている事は、否定できなかった。

もやもやとした気持ちを燻らせているくらいなら、本人にきっぱりと吐き出した方が良いのでは。樹弘はそう思った。でも流石にそれは、強くためらわれた。
そりゃ、自分はすっきりするかもしれない。でもその他は、無益でしかない。
言って何になる?第一、タカの奴がどうしてあんな冷淡な態度を取るのか、分かってるじゃんか。

あの時、樹弘がなりふり構わず飛び出せばどうなっていたかは目に見えてる。自分たちは鎌城ともめたに違いないし、そうなれば今こうして無事で済んだかどうかもわからない。あの場に残り続けて揉めている自分たちの前に、次々とクラスメイトがやってくることになる。それがどんな厄介事になりかねないか。

その時は「だからなんだ!」としか思わなかったが、事実こうして今、誰一人怪我を負っていない。タカは間違っていない。自分の方が、間違っているんだ。今に限らず大抵は。

だだだだだっ

暗い廊下の沈黙を、すさまじい銃声が破った。
瞬く間にショックと混乱に突き落とされる。そんな樹弘にも、その音が普通の銃声ではない事と、自分が今戻ろうとしていた方向から聞こえてくるのに気がついていた。

再び上がる、だだだだッという爆音。そしてまぎれも無く、人の叫び声が同じように響いた。痺れたように突っ立っていた樹弘は駆け出した。一目散に、もと来た廊下を走り抜ける。

―誰かきた。圭太でも、乃慧でもない奴が。

そう理解したのと同時に、トイレで一人ビクついた時と比べ物にならない程の恐怖が、どっと押し寄せた。たどり着くさっきの講堂は、ぽっかりとドアが開け放たれてる。間違えようが無かった。

「お願いやめて!!」

小夜の上ずった悲鳴がしたかと思うと、さっきと同じ断続した轟音が響く。マシンガンだと判明したが、隆宏の持っているものかそうでないのかは、分からなかった。

戸口に立った樹弘の目に、友人4人の姿は無かった。黒い人影が一つ、すぐ前に立っている。

樹弘は一瞬頭がまっ白になった。でも小夜が叫んでいたのを思い出して、それで4人は机や椅子の陰に隠れているのだという事に気がついた。人影がこちらに背を向けている事も。
そうと分かった瞬間、樹弘は人影に全力で飛び掛った。

体当りをぶちかます。闇の中で両腕の輪郭を見て取ると、そこを拳で殴りつけた。


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