OBR

□終盤戦
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そうしてまた、沈黙が降りる。しーん、と何よりも大きく鳴り響く静けさを振り払うように、小夜は言葉をつむぐ。

「遅いね……ふたりとも」
「45分経ったな。本当にあいつら……今どこにいんだよ…」
「それが分かりゃ、こんな思いしないって」

樹弘がそう言って、小夜は強く頷きながら続けた。

「勝手だよね…ほんとにさ。こっちの気も知らないで…!見つけたら、引っ叩く」
「そうだな…」

またもや沈黙。まっさらな静けさが、否応なしに暗くて深い己の思考と向き合わせる。思わず顔を顰め、ぐっと俯いた。
樹弘はもう、己の限界がきた事を急速に悟っていた。あいつらも勝手、そして、俺も勝手だ。半ばやけくそになりながらそう思っていた

「なぁ、こんな時に、どうかと思うんだけどよ」

小夜も優也も、訝しそうに樹弘を見つめ返した。そのきょとんとした顔に、樹弘はしかめた顔を向ける。

「俺もさ…ちょい自分勝手なこと、しようと思う」
「なに…?どうかしたの…」
「おい、お前、まさか…」

小夜と優也ははっとしたような声色で言う。凪は動揺した表情で樹弘を見つめ、それまであらぬ方を眺めてた隆宏も、ゆっくりと顔を向けた。厳しい顔つきだ。


「めっちゃトイレ行きたい」


樹弘はきっぱりとそう言った。
他の4人は、それぞれの表情のまま数秒間固まった。

「「…は?」」
「悪い。限界…ちょっと行ってきていい?」

ついにその「要望」を白状した瞬間、尿意はズカズカと限界点へ向かって急速発進しだした。

「なに、ずっと我慢してたんか?」
「してた。言いずらい空気にしといてなんだけど、もうヤバイ」
「あ、そう。うんまぁ、そうだわな。出るもんは仕方ないって」
「仕方ないって、ちょっと……信じらんない。パンツだのトイレだの!よくこんな時に――ブッふ…!」

怒ってそう言った小夜はしかし、途中で堪えきれずに吹きだした。肩を上下させて笑い出す小夜の隣りで、優也もぷぷぷと口を曲げる。凪は困ったような顔になって樹弘に言う。

「…ええと、確か廊下を出て左にトイレがあったけど…でも」
「あんがと、すぐ戻るわ」

樹弘は立ち上がる。恥をかなぐり捨てて宣言したものの、やはりちょっと情けなくなった。小夜と優也の忍び笑いに追い立てられるようにせかせか歩く。肩にかけていたマシンガンを外すと、ポカンとしてる隆宏の両腕に押し付けた。これは元々、こいつの武器だ。

「頼んだ、悪い」
「おい…ちょっと待て!本当だろうな?」
「は?マジだよ、悪いか。人間だもの」
「まさかお前、一人で…」

隆宏は怒ったように言う。一瞬何のことか分からなかったが、すぐに察した。自分がトイレと偽って、そのまま単独行動に出る気ではと疑っているのだ。
その手もあったか。でも、本当そうゆうんじゃないから。

「違うって。このバカタレ。嘘じゃないって!」
「……」
「ここで漏らそうか?ゼロ距離だぞ」
「……さっさと行ってこい」
「おう。絶対戻るから」

ドアへと向かう樹弘の耳に、「お前には敵わないな…」と呟く隆宏の声が届く。
その声に笑いが混じっているのを聞いて、張り詰めていたような心地が少しだけほぐれた気がした。

「気ぃつけろよー」「漏らさないようにガンバレ」と言われながら、教室の外に出る。ドアを閉め、しんと静かな辺りを見回す。廊下は真っ暗で、窓の外の方が逆に明るく見えた。
暗闇の中を、凪が教えてくれた方へと歩く。

足音を立てずにそろそろと進むと、やがて見慣れた構造の共用トイレを発見した。心の底からホッとしながら、そのバネ開きのドアへ手をかけた。が、中に人がいる可能性に思い至り入るのを躊躇う。
樹弘は耳をそばだてた。トイレの中からは、声も音もしない。そっと開きを押して中を覗くと、誰も見当たらない。

―そっか。個室に隠れてるかもしれないよな…

ここへ来てやっとその発想が浮かび、思わず顔を顰めた。怖すぎるけど、一つ一つ中を確かめなければいけないだろう。万が一ここに人がいて、しかもそいつがプログラムに乗ってるやつだったら、完全にアウトだ。矢部樹弘、急所を曝したまま後ろから撃たれて即死。享年15歳。ニコリとも笑えない。

そっとトイレに入り込む。個室は、幸い三つしかない。
意を決して、三つのドアを開け放った。樹弘は三回とも、無言で鎮座する便器と向き合うだけだった。物騒な武器を構え息を殺して潜む人間は何処にもいない。

良かった。樹弘は強張っていた肩を落とし、矢のように手近の便器に向かった。
それから用を足す間、ぼうっとしながら考えなくても良い事に思いをはせる。まるで気まぐれに、ついさっき己の頭に浮かんだ言葉が、蘇った。

―享年15歳

樹弘は微かに震えた。先ほどの冗談まがいの調子とは180°異なる響きがして、思わず顔を曇らせる。
何を不謹慎な事を考えているんだろう、自分は。冗談でも何でもなく、ここにいるクラスメイトのほぼ全員が、その享年15歳になろうとしているのだ。




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