DASH

□昔のはなし 3
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「うえっ…ううっ…な、んて…いってるの……ひっく」

デコイはしゃくりあげながら、ちいさい声でいった。

「なんだ。何と言った」

「わか、んない…よ…うぅっ……なんて、いってるの…わ、かるように……言ってよぉ…」 

トリッガーは一瞬面食らったが、すぐに「そうか」と合点がいった。職員たちと違って、デコイには言語を識別し自動で適応してくれる機能は備わっていない。こちらはデコイの言葉がわかっても、デコイにはこちらの言葉がわからないのだ。
トリッガーは我知らず小さくため息を吐いた。




ちょうど目の前に解析データがあったので、トリッガーはそこからデコイの使用する言語の情報を自分に組み込んだ。知っている言葉を喋り始めたトリッガーに、デコイはほんの少しだけ動揺をやわらげた様子だった。

「通常業務が滞っております。退出してください」としつこく繰り返すコンパネに追いやられるも、そもそもヘブンのどこにもデコイの置き場所など無い。ヘブンはシステムの中枢だ。それぞれの施設が重要な役割りを担っており、イレギュラーの連れ込んだデコイの立入など許されるはずも無かった。

だが、独断で処置を買って出た彼はどうにかせねばならない。しばし悩んで他に適所を思いつけず、居住エリアの僻地へ連れて出る事にした。ここはワープ装置を切ってしまえば、海に突き出る孤立地点と化す。自分たちと違って装備の「そ」の字もないデコイには、これで十分隔離がなされるはずだ。

そのような状況を知ってか知らずか、デコイは鼻をすすりながら無人の居住建築物をぼーっと見上げている。先程よりは随分マシな状態だが、まだいくらか不安定な様子だった。しかし意思疎通は可能だろうと判断したトリッガーが有無を言わさず質問すると、動転しながらもそれに答え始める。

「おじさんたちは、言ってる事が難しくてよく分からなかったけど、凄くいい人たち…だった」

デコイは抑揚のない声で、己を連れ出した職員について語る。

「あたしたちの村は小さくて…お化けもしょっちゅうやって来るような所だったの。でも…」

「おばけとは何だ」

「あの…赤い目で、人を見つけたら追いかけてくるの…地下にいっぱいいるお化け」

リーバードの事のようだ。

「でも、急にぱったり出て来なくなった。ちょうど同じくらいに、おじさんたちが村に来るようになったの。お化けはみんな降りて行ったよ、って。それしか言わなかったけど、おじさんたちのお陰だって大人たち言ってた」

「ではそいつらは、お前以外の者たちとも接触していたのだな」

「そうだよ。村のみんなはもう知ってる。大人たちでしょっちゅう、何か話してた」

意図せず鉢合わせたならまだしも、自らデコイの前に現れ正体をさらしたのか。連中は。意図が読めなかった。

「それだけじゃなくて、おじさんたちは色んな病気を治してくれた。あたしも生れた時から体が弱くて、すぐ具合悪くなっていたんだけど、手術してみんな良くなったの」

手術。トリッガーは内心首を傾げたが、黙っていた。

「何でも知ってて、すごく…すごく、優しかった…で、でも……ごめんねって…」

ごめん。さらに首を傾げるが、やはり黙して続きを待つ。

「おじさんたちは、みんなを騙してたんだって……手術をしたのは、病気を治すためじゃない。勝手な事をしてゴメンねって…」

「では、何が目的だったんだ?」

そうたずねるも、デコイも首を振って分からないと答える。

「何ていってるのか、何のことかよく分からなかった…それでこないだ、どうしてもここにいる誰かを連れてかなくちゃいけないんだって……」

「何故だ」

「…手術したから……って言ってた」

職員たちがこの個体をヘブンへ連れ込んだ理由は、手術とやらにあるらしい。何の事か分からないが、今の所推察できるのは「事情をインプット」という今際の台詞だった。もしかするとそれに該当するのが手術で、職員たちは病を治すと称しデコイたちに情報を組み込んでいたのだろうか。

「……別れたくなかった」

デコイはうつむいて、脈絡のない言葉を口からこぼした。

「いっしょに、いたいから……遠くに行ってほしくないから・・・それで、ついて、きたのに…っ」

瞬く間もなく、デコイは再び崩れ落ちて泣き叫んだ。トリッガーはもう何もたずねる事無く、ただじっとデコイの様子を見守った。やはり壊れているのかもしれない。そうだとしても、危険とは程遠い。トリッガーはそう判断を下した。

デコイは今度は、しばらく泣き止まなかった。




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