DASH

□昔のはなし 3
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*    *    *





マスターのもとを後にしたトリッガーは、ヘブンを巡りに巡って一つのラボへたどり着く。
狭くも広くもない正方形の部屋にやっと目的のものを見つける。ラボの中央に陣取る、縦長の半球体装置。固く閉じられたその内部に例のデコイが押し込められ、解析されているのをトリッガーは理解していた。何しろ同じような物に自分も入り込んで、散々検査された身だ。

まだ終わっていないのだろうか。現状を知るためにトリッガーがそばのコンパネに近寄ると、そいつは無機質な音声を上げた。

「現在、当23ーGラボは厳戒態勢での作業中。使用申請者は近接エリアのラボへ移動してください。また。作業経過の確認を行う場合は、端末の認証を行ってください」

立ち去ろうとしないトリッガーを認識したコンパネは同じ台詞をしつこく繰り返そうとしたので、認証を済ませて止めさせる。一等粛清官の要請を受けて、そいつは詳細を喋り始める。

「解析完了済み。本個体の副産物とは異なる不明のデータが検出されました。データはすでに音声情報としてインポートされております」

例の職員共がデコイにインプットしたと言う、「一連の情報」の事だとわかった。

「デコイの状態は?可能な限り解体はしないようにと命じたのだが」

「現在、当ラボ端末内に保留中。処遇の意向指示は現在ありません」

トリッガーは部屋中央の解析装置に目を向けた。ほったらかしのままだったらしい。処理はいつでも可能だから、データの検分を優先させたのかもしれない。

「解体の措置不要と判断され、現状を保持しております。また、メモリースキャンの作業過程に多少の損傷を負っている可能性があります。本個体の今後措置に関する指示はありますか?」

ない。マザーからの返答あるまで引き続き待機せよ。そう告げるべきなのをトリッガーはよく理解していた。
ふいに、沈んでいく船体を見おろすデコイの表情が目に浮かんだ。話がしたい、とちょっと残念そうな顔でそう言ったマスターの顔も。
デコイを相手に話が通じるとはとても思えないのだが。しばらく考え込んでから、トリッガーはコンパネに命じた。

「処理の検討は本官が行う。23−Gラボはこれをもって平常運営へ移行すること」

「了解」

ガシャリとそっけない音をたてて、半球の装置が開く。狭いその内部で頭をかかえて立ち尽くすものの姿があった。
あの時のデコイだった。ゆっくり顔を上げると、髪の下から見開かれた双眸が現れる。船体から運び出したとき以上の恐怖がそこに見て取れた。震えながら、しばらくトリッガーを見つめ返している。

「あ、の……あの時の…人ですか?……おじさんは…み、みんなは……」

やがてそう口を開くと、その途端にデコイの表情が歪んだ。口がひどくわななく。目から透明な雫が流れ落ちる。

「み…んな…は…どう……なったん、ですか………うぅ…っ」

みんな、という単語にトリッガーははたと思い出す。デコイは一方的に監視し管理するものであって、こちらが接触する事はほぼ無い。よってデコイはこちらの存在を一切知らないのが普通だった。しかしこいつは、あの職員たちと認識があった。

「うううわぁっ、うわああぁぁぁぁん!」

デコイは突如狂ったように大声を上げると、床に膝をつき蹲りだした。予測外の行動に思わず身構えじっと観察するが、泣き叫ぶ以外の異変は一つも起きなかった。危険な状態ではないようだ。

「…お前は何故、どのように職員の奴らと知り合った」

うわぁぁ、と泣き止まないデコイに、トリッガーはそうたずねた。

「デコイが我らの施設に入れるとは考えにくいが、可能だったのか。それとも奴らの方から、お前と接触してきたのか」

デコイはわんわんと泣き続けて聞いていない。

「管轄地のデコイがお前だけではないはずだが、奴らはお前たち全てと接触していたのか。」

デコイは聞いていない。

「お前はあの船を乗っ取った物体が何かを知らされているか。何らかの関連があって、奴らはお前を連れてきたのか」

デコイは全く聞いていない。こいつ、いつまで泣いてるのだ。停止ボタンでも付いていればいいのに。なす術もなく、トリッガーはたずねるのを止めてデコイを見ていた。
そういえばメモリースキャン時に損傷したといっていた。それでどこか壊れているのだろうか。やはり処理する他ないか。マスターは残念がるだろうが、こうして会話もできない状態のものを目の前に出されても、なおの事残念な思いをさせそうだ。

「当ラボへの使用申請の受理に支障をきたしております。申請者以外は速やかに退出してください」

どうやらこのコンパネもデコイが気に入らないようだ。無機質な声が二人に降りかかった。



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