DASH
□昔のはなし 3
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トリッガーはひとしきり見聞し終えたと判じることにした。こうなれば、この個体にインプットされた情報の方を確認したかった。静かになり放心状態のデコイを一人そこに残し、ワープ装置をくぐる。くぐってすぐに、その装置を強制停止させた。これでデコイは、あのスペースより外には移動できない。
やるべき事を済ませてそのままマスターの社へ戻ったトリッガーは、そこにマザーの姿を見つけて歩みを止めた。
「あ」
「あではない」
「おかえり、トリッガー君」
セラはいつもの無表情でそう告げ、マスターもいつもの笑顔で彼を迎える。
「トリッガー、お前のメモリーデータの一部が必要だ。件のイレギュラーとの接触から掃討までの経過を抽出し、地上へ転送しておきなさい」
それと、と声色を低くしてマザーは続ける。
「例のデコイを持ち出したのはお前だという記録があるが、処理は済んだのか?」
「ラボの運営に支障をきたしておりましたので、その場の判断で回収しました。現在は居住エリアの外れに隔離してあります」
「その必要はない。速やかに処断しなさい」
「それはしないようにと、私が要請したんだよ」
にこにこと穏やかに笑って言うマスターに、セラはじろりと目線を移す。
「何故でしょう。デコイから得られる情報データは全て摘出済みです」
「デコイは無力だ。何の危険もないのだから、処理する必要などないだろう?」
「あの個体は菱形体の接触を受けている事がデータで明らかとなっております。迅速な処理が必要です」
「頼むよセラ。何も私は、里心を起こしてデコイをかばっている訳ではないのだよ」
マスターは珍しく引き下がっていた。
「情報端末から得られない事柄が、その個体の言葉から拾えるかもしれない。生きた人間の言葉というのは、同じように生きているのだから」
「…デコイは、人間ではありません」
トリッガーはとっさに助け舟を出していた。
「…直接対峙しなければ、問題無いかと。例えば、まぁ…間の者をたてるとか」
マスターとマザーはそれぞれ全く正反対の表情を浮かべて、口を出したトリッガーを見る。
「わぁ、いい事を言うね。できれば直接会いたい所だけれど、代弁してもらうのも手だよね」
「……では、任せる。トリッガー。万一デコイに変異あれば、その場で処理しなさい…これでよろしいですか、マスター」
「はい、ありがとうございます」
朗らかにお礼を述べる主に大きくため息をついて、マザーは帰っていった。
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