妄想の掃き溜め

□ラヴァーホリック
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「--------ピロリッピロリッ♪ピロリッピロリッ♪ピロリッピr」
 朝6:00。
 鳴り響く携帯のアラームで眠りから覚める。
 ダブルベッドの隣ですっかり寝ている彼を横目で見やると、
 一人起き上がりハンガーに掛けていたバスローブを羽織る。
 リビングのドアを開けて、そのまま隣接するキッチンに入り、
 「芳醇」のロゴが入った食パンを2枚取り出してオーブントースターに入れる。
 適当にトースターのダイヤルを回し、冷蔵庫からハムとマヨネーズを取り出す。
 一度トースターから熱を帯びて薄く色づいたパンを取り出し、
 ハムを乗せて上からマヨネーズを波状にかける。
 グラスを2つ並べ、氷を2.3個入れてから、
 野菜室に入っているオレンジジュースを取り出して注ぐ。
 グラスを持って一度リビングに戻り、テーブルに置いてテレビを着ける。
 流れるニュースを眺めながら、ちびちびとジュースに口を付ける。
 チーン、と言うトースターの音に誘われ、再びキッチンへと向かい、
 トースターから黄金色に焼けたトーストを取り出して、皿に乗せる。
 それをテーブルに置いて、今度は寝室へと向かう。
寝室のドアを開けると、やはり彼は寝ていた。
 ゆっくり近付いて、耳元で
「ご飯」
 とだけ囁く。
 くすぐったさと声で目を覚ました彼は、ゆっくり起き上がりながらんー…と呻く。
 少し間を開けてから、
「……何?」
 と尋ねて来た。
 どうせ朝食の事だろうと察して、「トースト」とだけ返す。
「んー……トーストよりもお前の方が望ましい」
「昨日食べたばっかでしょ」
 などと、下らないやり取りをして部屋を後にしようとする。
 最後に、「シャツ位着なさいよ。パンツ一枚じゃ風邪引くから」
 そう残してから部屋を出る。
 部屋に一人残された彼が「バスローブだけの人に言われたく無いですね」
 とこぼしているのがうっすら聞こえた。
 テーブルで二分程待つと、前を閉めていないジーンズにくたびれたTシャツという、
 なんともラフな格好で彼が階段を降りて来た。
「前くらい閉めなさい」
「面倒だからいいでしょ」
「気になんのよ」
 ハァ、とため息を一つ吐いて、朝食のトーストに手を付ける。
 私がトーストを片手にテレビのリモコンをいじり始めた頃、
 彼も少し冷めたトーストに手を付け始めた。
「そう言うアナタこそ前閉めたらどうですかね」
「面倒だろ」
「お前も俺と対して変わらんよ」
 彼が前を開いたままのバスローブを指摘して言う。
 前を閉めるのは面倒だし、開けている方が解放感があって快い。
 トーストをさっさと食べ終え、オレンジジュースを胃に流し込む。
 半分程残っている彼を放って、自分の食器を片付ける。
 もう一度寝室へと向かい、タンスを開けて服を取り出す。
 バスローブを脱ぐとファサッ、と布の擦れる音がして、そのまま床に落ちる。
 下着を身に付け、ジーンズを穿いてタンクトップを着る。
 そのままリビングへ向かうと、彼が冷やかす様に口笛を吹いた。
「何その反応」
「いや胸元が強調されていいなと」
「一回死んでこい変態」
ハァ、とため息を一つ吐いて彼の正面に腰掛ける。リモコンを手に取ってから電源を消し、彼の飲み掛けのオレンジジュースを手に取って飲み干す。
「ちょ、お前それ俺のオレンジだぞ」
「気にすんな。それよりもう店行かなきゃいけないから急いで」
壁にかけてある時計をアゴで指し、ハンガーにかかっているジャケットを取って肩から羽織る。
「もうそんな時間か?まだ半だぞ」
「掃除、朝食、仕込み、厨房の支度。忙しいんだから」
ラックに置いてある携帯をポケットに突っ込み、アパートの鍵を手に取る。ストラップの輪の部分に人差し指を突っ込めば、そのままクルクルと回して。
「トースト食べたろ」
「トースト一枚でブッ通しで昼まで働ける?」
「無理でしたごめんなさい」
彼が食器を流しに運び、洗い終えたのを確認してから電気を消す。
ドアを開けて足をつっかえ棒にし、無言で彼に「早く」と訴える。
彼が先に出てから、後に続いて外へ出る。
ドアの鍵が閉まったのを確認するとバイクのスタンドを倒し、そのまま押して彼の横に並んで行った。
「今日は御座敷に6人来るんだっけ?」
「うん、一人3000円位でって言われたから、適当なの考えとく」
 表通りにつながる細道をゆっくり歩きながら、彼と今日の仕事について話す。
 まだ人も車も通らない、静かに表から吹き抜ける風のある道を彼とこうして歩くのは気持ち良かった。
「あれ、今日何曜日だっけ?」
「曜日の感覚も無いの?明日休みよ」
「ああ、水曜か。ありがとう」
 彼がポケットから取り出した携帯のサブディスプレイに移る、無機質な『wed』の文字。それは、『wednesday』の頭三文字を取った、簡潔で解りやすいメッセージだった。
「そっか、じゃあ明日も充電しなきゃねー」
 彼がふと思いついた様に口に出した言葉。それの意味は何となく解っているものの、わざととぼけて聞いてみる。
「何を?」
「んー?決まってんだろ、お前成分だよ」
 などと、下らないやり取りで笑い合っているこの時間は少し鬱陶しかったものの、とても愛しく思えた。
 どうせならこのまま、この細道を無限に延ばしていつまでも彼とこうして話していたかった。
細道を抜けて交差点へと続く通りに出ると、30m程先に一見の定食屋が見えた。と言っても、いつも通っているから「ある」と解るだけで、遠目からは何なのかはサッパリわからない。
 営業時にはのれんを掲げているから分かるのだが、開く前は片付けている。
「絶対こんな早く来なくて良かっただろ……あぁ眠い」
「んな事言ってるとまた搾るよ?明日は休みだから昨日よりたっぷり出来るかもね」
「イき落ちして速攻寝た人がよく言うよ」
「何か言った?」
「いえ、何も」
 彼がわざとらしく嫌みを込めて言って来たので、仕返しせんとばかりに厭らしく微笑んでそう返す。彼の華奢な肩に手を回すと、驚きからか恐れからかピクッ、と反応して肩を強ばらせていた。
 心なしか早足になりつつある彼に合わせて付いて行き、ようやく店の前にたどり着いた。
 店の正面口は閉めてあるので、脇にある入り口から中へと入る。元々四階建てビルの一階を改造したので、ビルの入り口は常時解放している。
 鍵を取ってくるから、と言ってすぐ左手側にあるトイレの中に入った。
トイレの右側に置いてある葵ポリバケツに手を伸ばし、中からピンクのゴム手袋を取り出す。ゴム手袋の中に手を突っ込むと、冷たい金属の感触が手に伝わってきた。人差し指の先がそれに掠ると、中でキーホルダーが擦れあってチャリチャリと音が鳴った。
「先入ってて」
 そう言いながら彼に鍵を投げ渡し、厨房のドアを開ける。
 彼がドアを開けるタイミングと厨房に入るタイミングが重なり、ドアを開ける音が一つに聞こえた。
 厨房の電気を点け、奥の方にある油の火を点けた。
「ねー、ゴミ出してきてー」
 私がカウンター越しに、朝のニュース番組を見ている彼に燃えるゴミの入った袋を投げ渡すと、彼は渋々外に出て行った。
 開店までの間にやらなければいけない仕事は多い。店の中を掃いて、シャッターを上げて、のれんを掲げ、朝食を作り、近くの肉屋に受注の電話を入れる。
 仕事自体はすぐ終わるものの、彼はあまり手伝わないので以外と面倒臭い。かと言って投げ出すわけにも行かず、毎日がブルーマンデーだ。
 忙しい朝を終えても客が必ず来るわけでもなく、一日で前すら入らない日もたまにある。
 私が厨房から出て、シャッターを開けている最中に彼がゴミ出しから帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り。お茶作るお湯沸かしといてー」
「へいへーい」
 彼は適当にそう返事をすると、水の入ったピッチャーをもってお湯を沸かしに行った。

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