大海の金魚姫
□番外編01.
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「…たおれていりゅ」
白澤さんの診察を受けにひとりで桃源郷へと足を踏み入れたわたしの目の前に広がるのは、大の字で倒れている大きなお兄さん。誰だろう…なんだかとっても不審なひとだ…と恐る恐る近付いてみると硬く閉じられていた目がぱちんと開いた。
「……あの、おにーしゃん…だいじょぶ?」
「……あァ、ドジって転けて頭を石で強打したみたいでフラフラするが生きてる…あ、おれ死んでるけどな」
「…ここ、てんごくだもんね」
「死んでも痛みを感じるんだな」
「じごくはもっといたいよ?」
「…もしかしてお嬢ちゃんは地獄の住人か?」
「おぎゃ、じごくにすんでりゅよ。…おにーしゃん、おなかしゅいてない?おにぎりあるよ?一緒にたべりゅ?」
そう言って鬼灯様が握ってくれたおにぎりを差し出せばお兄さんはありがとう、と笑いながらおにぎりを受け取ってくれた。
「うまいな」
「ほーずきがつくってくれたのよ」
「ほーずき?…もしかして閻魔大王の補佐官…」
「おぎゃ、あたり!わたし、ほーずきのようじょしゃんなの。紅っていうの。おにーしゃんのおなまえは?」
「おれか?おれはロシナンテ。異世界から来たんだ」
「…おぎゃ?いせかい?」
「違う世界のことだ。…こことは違う世界で死んで死後の世界へ行くはずだったんだがドジっちまってな、変な穴に落ちちまったんだ」
それで気付いたらこの世界の天国にいたんだ、とおにぎりを頬張るお兄さんによく分からないけれど大変だったんですね、という意味を込めておぎゃあとないてお兄さん…ロシナンテさんの頭をぽんぽんと撫でた。
「紅ちゃんは優しいな」
「おぎゃ?そう?」
「おれの話を信じてくれた」
「……みんな、しんじてくれないの?」
「白澤様は信じてくれたが他は…信じてもらえなかったな」
「それは、かなしいね」
「…ありがとう」
「?」
なんでお礼?と首を傾けるとロシナンテさんは信じてくれたから、と寂しそうに笑った。
「それで、ろしなんてしゃんはなんでとうげんきょうに?」
「あー…火傷の薬を買いに」
「やけど?」
「煙草を吸ってたら肩が燃えちまって」
「…ろしなんてしゃんはどじっこなのね」
「あァ、ドジっ子なんだ」
ドジっ子…なんだかお茶目なひとだ、と思いながらわたしもおにぎりを取り出してがぶりと頬張る。うん、美味しい。流石鬼灯様!と心の中で大絶賛しているとロシナンテさんは美味しそうに食べるな紅ちゃんは、と言ってフフフと笑った。
「可愛いな、紅ちゃんは」
「ほめてもなにもあげられないよ?ろしなんてしゃん」
「もう貰ってる、可愛い笑顔だ」
「…くどくなら、おとなのおんなのひとをおしゅしゅめしましゅ」
わたしがそう言うと、ロシナンテさんはわたしの頭をがしがしと撫でながらいい女になりそうだから今から口説くのもありかと思ったんだ、と言って立ち上がると、おにぎりご馳走様、とわたしの手の甲にちゅっと唇を落としてにっこり笑った。
(それが、ドジっ子お兄さんとの出会いだった)