大海の金魚姫
□01.
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「はい、今日の診察終わりね。」
薬、ちゃんと飲むんだよ?とわたしの頭を撫でて笑う白澤さんに薬を受け取りながらはい!とお返事してから桃タローさんにもまたねー!という意味を込めておぎゃあとなくとわたしは極楽満月から地獄へ帰る為にお店を出た。
はやく帰って鬼灯様のお手伝いしないと、また大王さんサボってないかな?なんて考えてふふっと笑いながら歩いていると歌声が聴こえてきた。
…歌声?とっても綺麗な歌…何処から聴こえてくるんだろう…?と足をとめ、歌声のする方に歩いていく。
「おぎゃ、こっち…?」
桃の木が生い茂る桃源郷、わたしはとてとてと歌声を目指して進む。誰が歌っているんだろう?歌声の主とお友達になれるかな?なんて期待しているとわたしの視界に大きな穴が飛び込んできた。
……前に見たことがある。確か、鬼灯様が白澤さんを落とした落とし穴…でも場所が違う。鬼灯様、また白澤さんを落とすつもりで掘ったのかな?と首を傾げていたけれどわたしが追いかけてきた歌声が穴の中から聴こえてくるのに気付いてはっとする。
もしかして、誰か間違えて落ちちゃいました…?
この歌声はもしかして…助けを求める為にこの穴に落ちてしまった誰かが歌っているとか…?それは大変です…!!鬼灯様、鬼灯様、白澤さんは無事でしたが普通の人なら無事じゃ済まないと桃タローさんが言ってました!!早く助けないと!!
そう思い、穴の中を覗き込もうとしたわたしの腕を見えない何かが掴み、そのままぐいっとひっぱられる。え、そう呟いたわたしの身体は謎の穴に吸い込まれていき…真っ暗な闇の中を落ちていく。…え、
「おぎゃあああああああ!?」
落ちてるうううううう!?現世に落ちてから地獄に落ちるの!?怪我どころじゃ済まない!!ごめんなさい鬼灯様、わたし、もうだめかもしれません…!!と目を瞑った瞬間ぽすん、と音をたてながら何かに不時着した。
「………き、キャプテーン!!空から!!空から女の子が落ちてきたー!!」
「……おぎゃ?」
「うるせぇぞベ……なんだ?そのガキは」
「なんか、空から落ちてきて…!!ねぇ、きみ大丈夫!?」
「……おぎゃ!?」
シロクマさんが喋っている!ということはわたし、八寒地獄まで落ちてきてしまったんだろうか…と考えたけれど気温は普通で、じゃあここは何処?とキョロキョロしていると目の下にすごい隈のある獄卒みたいなお兄さんにおい、と声をかけられた。
「空から落ちてきたって…お前、何処から来た?」
「?じごく…?」
落ちたのは天国だけれど、出身は地獄です。地獄産の元金魚草です。なんて高度なことは言葉に出来ず、そう答えるとお兄さんは眉間に皺を寄せて地獄…?と呟いた。ということはここは地獄じゃない…?わたし、現世に落ちちゃった…?どうやったら帰れる?わたし、白澤さんみたいに飛べないしなぁ…どうしよう?と首を傾げているとお兄さんはしゃがみ込んでわたしに目線を合わせてくれた。
「……?」
「………お前、名前は?」
「紅!おにーしゃんは?」
「トラファルガー・ローだ。この船の船長をしている」
「……ふね?」
地獄ではあまり聞き慣れない単語に首を傾げつつ改めて周りを見渡すと、青、青、青………テレビでみたことがある、これは……
「うみ…!?」
初めて見た!すごい!青い!広い!きらきらしてる!!真っ赤じゃない!血の池地獄より綺麗!!と海に魅入っているととら…?のお兄さんはその反応、海は初めてか…?と呟いた。
「ん!きれい、ね!しゅごい!ちのいけよりきれい!」
「…ちのいけ…?」
「おぎゃ!ちでできたいけ!まっかなの!いっぱいしんでるよ!ひとがいっぱいういてるの!」
獄卒さんが活きよって言ったら蘇るけど、一応死んでるからそう言うとお兄さんは目を見開いてから少し俯いてそうか、とわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「…ベポ、このガキ…いや、紅だったか…今日から紅はうちのクルーだ」
「アイアイキャプテ……え…えぇ!?」
「変わった服装だな、次の島で何か買ってやるか」
「ちょ、ちょっと待ってキャプテン!!空から落ちてきたんだよ!?怪しくないの!?」
「船長命令だ。…紅は嘘をついてねぇよ。もしも不審な動きをしたらバラせばいい」
「……そっかぁ、じゃあ、今日から仲間だね!おれ、ベポ!よろしくね、紅!」
「………お、おぎゃ…?」
クルー?船長?バラす…?仲間…?この短時間の間に何が起きた…?とふたりを交互に見るとお兄さんがにやりと笑った。なんだか嫌な笑顔…と苦笑いするとわたしはお兄さんに抱えられた。……抱えられた?
「おぎゃあ!?」
「うるせぇ。騒いだら海に落とすぞ」
「…さわがない」
「それでいい。…地獄から来た、か……海賊に血生臭い戦いは付き物だ。だが…お前のいた環境よりはマシだろう」
それに、お前の目、気に入ったからなと言ってククッと笑うお兄さんにわたしはどうしてこうなった、と頭を抱えるのだった。
(おれの目から決して逃げない、真っ直ぐに見つめ返してくる、その澄んだ目が気に入ったんだ)
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