俺と槙島の四日間(仮)

□二日目・昼
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「狡噛。一つ賭けをしようか」

そう槙島が提案してきたのは、何かの気まぐれだったのかもしれない。

あれから一夜が明けた。
狡噛に朝食を与えた槙島は、そのまま立ち去ることなく狡噛が横たえられたベッドの端に座ると、聖書を片手に唄うように言葉を並べた。

「今、シビュラシステムはその機能の大部分を停止している。僕たちはシビュラの破壊を目的としていたが、君たち公安局の頑張りによって、シビュラを破壊するまでには至らなかった」
「…………」

狡噛は、ただじっと槙島の挙動を観察した。
表情、視線の動き、足運び、その全てから、槙島が何を考えているかをトレースする。

「そこで僕は、計画を次の段階に移すことにした。この計画が上手くいけば、シビュラは最早意味を為さなくなるだろう」

そこで言葉を一旦切り、槙島はにこりと微笑んだ。

「だが、それだけでは面白くない」

槙島は聖書に視線を落とすと、慈しむようにその表紙を撫ぜる。

「だから、僕と賭けをしよう。狡噛、もしおまえが賭けに勝ったら、敬意を表して僕を追い掛ける権利を与えよう」
「それは、ここから出してくれるって解釈でいいのか」

わずかに擦れた声で、狡噛が問う。
努めて普段通りに振る舞う狡噛だが、その声には疲労の色が滲んでいた。

「あぁ、その解釈で問題ない」

うろんな言葉に、狡噛は片眉を上げる。

「おまえ、昨日はシビュラなんてどうでもよくなったとか言ってなかったか」
「そうだな。だが、適度に刺激は必要だと思わないか?」

狡噛は一つ、ため息を吐いた。槙島が何を考えているのか、すぐにわかる自分が少しだけ腹立たしい。
つまり槙島は、狡噛からの妄執を求めているのだ。そしてそれは狡噛を手元に置いて慈しむだけでは手に入らない。
――ならば、お望み通りに。俺が必ずお前の喉を食い破る。
狡噛は好戦的な笑みを浮かべて、ゲームの席に着いた。

「それで、そのヒントとやらはいくつくれるんだ?」
「それはおまえ次第だよ、狡噛」
「何?」
「人類は等価交換によって平和を築いてきた。偉大なる先人たちに倣って、僕たちも等価交換という協定を結ぼうじゃないか」
「言っておくが、俺はおまえが欲しがるような情報は持っていないぞ」
「あぁ、もちろんそんなことは望んでいない。おまえはただ一言、僕が望む台詞を吐けば良い」
「言質でも取るつもりか?」

狡噛が呆れたように言うと、槙島はいいやと首を振った。

「まさか。おまえはただ一言、『欲しい』とだけ言ってくれればいい」
「…………」

暫しの沈黙の後、狡噛は「欲しい」と口にした。
一方槙島は、小さくため息をつく。

「随分と自尊心が軽いように見える」
「生憎だが、プライドなんか持ってたら執行官は勤まらないんでね」
「それもそうだな。しかし、悪いが今のはノーカウントだ」
「はあ!?」
「一つだけルールがあってね、僕が望む状況で言ってもらう必要がある。……おっと、そろそろ時間だ」

そう言って席を立つ槙島を、狡噛は慌てて引き留める。

「おい、等価交換はどうした」
「悪いが、今日の夜にしよう。時間があるときでないともったいない」

そう言い残して、槙島はふらりと部屋から出て行った。
 

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