頂き物
□時雨様からの4321hit記念
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【過去の記憶と愛情確認】
「…………中尉、何の真似だね?」
執務室には、嫌そうに書類にサインをしているロイと、その目の前に座り込むアブソルことソルと、優雅にエリオと茶を嗜むホークアイ――、そして男より遥かに強い圧力を持つ女性二人に逆らう勇気がないので真面目に仕事に取り組む男たち、が居た。
「わー、大佐ちょー無様。(笑)とか語尾に撒き散らしたい」
「くっ……」
「私が居なくても大佐がきちんと仕事をするように、エリオちゃんからソル君を借りたんですよ。彼の眼光は私に匹敵する程らしいので」
「……何故、私がこんな目に……」
「日頃の行いが悪いからじゃないのー」
反論できないロイである。
「ソルぅ、大佐が怠けようとしたら『プレッシャー』かけて迷わず『サイコカッター』だぜ」
「グルッ」
「え、ちょ」
「グルァッ!」
「ほらー、ソルが怒ってるよ? 死にたくなければ急げ急げ!」
ロイは口を開くのをやめた。
冷や汗が止まらなかった。
あれ、背中に嫌な水が。
そもそもソルは、主人に負けず劣らずの人間嫌い(ミサンスロピー)なのだ。
「大佐、書類に汗を流すのはおやめください」
「……イェス、マム」
その様子を眺めていたハボックが、恐る恐る尋ねる。
「……その黒犬……アブソルって、強いのか?」
「………………。おいおいハボ。
そりゃ確かに、地味だし目立たないし雑魚キャラっぽいし微妙に天然だし出番のないソルだけど、単純に『目立たない』だけで他の子たちが強烈すぎるだけで、この子はとても強いんだぜ? だぜだぜー」
ソルはエリオの後ろで、形容しがたい顔を見せていた。
フュリーの脳裏に、居酒屋で酔ったブレダやハボックと民間人とのやり取りが上映される。
(へぇ、兄ちゃんたち軍人さんか。そっちの犬みてぇな兄ちゃんもかい?)
(おうよ。こいつはなぁ、すげぇぞ。闘えないしすぐ酔いつぶれるし弱気だしビビリだけど、ハッキングに関してはこいつの右に出る奴はいねぇんだ!)
(……兄ちゃん、そいつぁフォローなのかい?)
今、彼にはソルの気持ちが痛い程分かった。
「どのくらい強いのかしら?」
「えー、そうだなぁ。幾万の人間から練り出される銃弾と爆弾の雨の中を駆け抜けながら、どう考えても見捨てた方が良いくらいボロボロの糞ガキを救い出した後、自分も意識があるのが不思議なくらいの傷を負っているのに、その場の幾万の人間を逃すことなくころ、倒したくらいかな」
ころ、の後に続く言葉を、その場の全員が考えようとしなかった。
エリオはソルに、煮崩れした豆腐のような、ぐずぐずの笑顔を見せる。それは、およそ人間に――少なくともその場の全員に見せたことのない笑顔だった。
空気が、弛緩する。そのまま、停止する。
ソルはぷいっと顔を反らし、手の止まっているロイの手を睨んだ。緩んだ螺子が巻かれた人形のような動きで、手が動く。
素直じゃないねぇ、とボロボロの糞ガキだった少女はその様子を笑った。
素直じゃないねぇ、お互い。
何で君は、僕を助けたんだか。
「……へー。正義のヒーローってか」
ソルは肯定も否定もしなかった。ただ無表情のまま、ロイの書類を眺めていた。
だからエリオも、無言だった。