頂き物

□はなみずき様からの400hit記念
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時計は二○○○時を指していた。
会議後、締め切りの近い書類の確認を済ませて貰い、真っ直ぐ帰って休むようきつく言い聞かせて、上官をハボック少尉に送らせたのが夕方。定時とはいかなかったが、皆それなりに早く上がらせることができ、今、自分の仕事も終わった。大佐のスケジュールの調整等、他との連絡相談を要する自分の仕事はともかく、大佐の確認承認がいるものが多い部下達の仕事は、結局、大佐がいなければ滞ってしまうのだ。

デスクの上に残した一つの書類を持ち、残りの部下達に後を頼み、指令部の建物を後にした。






見慣れたアパートメントのいつものドアに、預かっている鍵を差し込み静かに回す。
外から明かりが見えなかったから、きっと寝ているのだろう。開けた時と同じように静かにドアを閉め、防犯のために鍵もかける。
とりあえず途中で買ってきた食材を置こうと真っ直ぐリビングに向かい、明かりをつけて、どきりとした。


「大佐?」


寝室にいると思っていた彼は、リビングのソファーに横になっていた。


「‥中尉?」


明かりに目を覚ました彼が、顔に片腕を乗せた姿勢のまま僅かに首を向ける。
こうなると溜め息も出てこない。この上官は本当に自分の立場と状況を理解しているのか。


「大佐!貴方はご自分の立場がわかっているのですか!?」


小さなダイニングテーブルに食材と薬の袋を乗せ、何か呻きながら起き上がった彼を睨み付ける。


「そんなところで毛布もかけずに!ひどくなったりしたらどうするつもりなのですか!?早く回復していただかないと、困るのは周りのに‥」

「まった、まった。」


前屈みにソファーに座り、膝についた腕に頭を乗せた姿勢の彼は、片手を上げて静止を示した。


「まさか私だってずっとここで寝ていたわけじゃないさ。そろそろ君が来る頃だと思ってね。」

「!‥だからと言って、」

「それに、熱ならもう解がった。」

「ウソをおっしゃらないで下さい。」


参ったとでも言うように肩を竦めてみせた彼に一つ溜め息をついて、食材の袋に手を伸ばす。


「シャワーを浴びてくるよ。寝汗をかいたらしい。」

「わかりました。キッチンお借りします。」

「ああ。」


彼がバスルームにいる間に 食事の準備をする。あまり時間はかけられないので、簡単なものだが仕方ないだろう。

案の定、髪を乾かさずに出てきた彼に小言を言いながら拭いてやり、向かい合って夕食をとる。そして片付けをする頃には、先ほどまでのもやもやとした気持ちはどこかへ行ってしまっていた。


(そういえば―。)


こうして上官の自宅を訪ねるのも久しぶりだ。昼間彼が言っていたように、確かにこのところ忙しくて、どちらかが指令部に残っている合間に、自宅に寝るためだけに帰るような日々が続いていた。


(‥‥。)

と――。

思わず食器を洗う手を止めて。

心の中で自分を叱咤する。

その事実に今頃気づくなんて。
つまりは、私の休む時間を確保するために、彼が無理をしていたということだ。上官が熱を出して初めてそこに気づくなんて、情けなくて涙が滲みそうになる。

それと同時に―。
思い出した。

彼は昔から、こういう人だ。
決して相手の負担にならないように、上手に気を使うのだ。

背中側のソファーで本を読むその気配に、懐かしいものを感じて。
いつの間にか色々な情報が上乗せされて“少し違うもの”にすり替わったと思っていた幼い頃の感情を思い出す。

彼がまだ、“父のお弟子さんのマスタングさん”だった頃。
憧れのような、恋心のような―。
本当に、純粋に好きだった。

彼はあの頃と変わっていない。
前だけを見て、進み続ける。

喉の奥から愛しさが込み上げて。
小さく首を振り飲み込む。

こんなことではいけない。
今の私は彼の副官だ。
とにかく早く片付けを終わらせて、早く休んでもらわないと。

蛇口を捻り水を止め、タオルで手を拭いたところで。


「?」


背中に気配を感じて振り返った。
いや、振り返ろうとしたが、それより一瞬早く肩に手が回され、背中にピタリと寄り添われた。
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