《心月》


□一章 三 蠱毒の器
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*傷の描写などがあります。苦手な方はご注意下さい。






一章・三 蠱毒の器







闇の中、目を覚ましても息苦しさは続いていた。


蔵の中から連れ出されてから幾度も夢に魘されていたが、覚醒してからも苦しさが持続するのはぐるぐるに縛られていて、猿轡まで咬まされていたからだ。


――わたしを守ってくれた、あのひとは。


意識を失う直前の出来事を思い出して、彼女は布団の中から首を伸ばして辺りを伺った。


――いた!


隣にはもう一組の布団があって、同じように拘束されているらしい姿がある。


息を詰めて耳を澄ませると、安らかな寝息が聞こえてきた。


――良かった……生きてる。


――怪我、してないかな。


規則正しい音は苦しさを感じさせないものだったから、彼女は小さく息を吐いた。


――ごめんなさい。


――わたしがあの魔物を飼う屋敷から逃げ出したばかりに。


『逃げて下さい!!』


余裕の無い声でそう言って、震える足を踏みしめて、誰も惜しまない彼女の命を守ろうとしてくれたひと。


――この人を、初枝さんのようにしてはいけない。


ただ連れ戻されただけでなく、無関係の女性を巻き込んでしまったのは彼女にとって予想外であり、痛恨の事態だった。


何とかしなければと身体をよじって、後ろ手に縛られた手を無理やり動かす。


きしきしと鳴る縄はしっかりと結ばれていて緩む余地を見せないが、簡単に諦める事など出来ない。


四半刻もそうして布団の中でもぞもぞしていただろうか。


不意に小さな物音がして、障子に映っていた影が動いた。


それまで、一切の気配を感じさせなかった黒い一塊が急にむくりと起きあがったことで驚いた彼女は、びくりと身体を震わせてから固まった。


「大人しく出来ない子は、殺しちゃうよ」


言い方はもの凄く軽かったが、聞く者には総毛立つような凄みを感じさせる。


それは「殺気」というものなのだが、彼女にその正体はまだ分からない。


監視対象が静かになった事で満足したのだろうか、それっきり、障子の外に居る人物は何もしてこようとはしなかった。


これは、彼にとっては児戯に等しい行為だったのだが、怯えて平静を失っていた彼女に一つの恐ろしい決意をさせる切欠となる。


――そんなに化け物の贄が欲しければ、この身をくれてやる。


――あの人が殺される前に、わたしに宿る呪いで人外諸共飼い主である彼等を根絶やしにしてやればいい。


闇の中、それよりも暗い色を錆鼠色の瞳に宿す。


途方もない誤解が生じている事を、誰も知らないまま。






















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