《心月》
□一章 一・暗い蔵の中で
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一章・一 暗い蔵の中で
冷たく暗い闇の中、視界に赤い光が激しく瞬く。
「……っく!!…ぁ…!!」
声を上げて助けを求めようとするが、握り潰さんばかりに大きな手で首を絞められ、気道はひゅうひゅうと鳴るだけ。
頭に血が集まって、破裂しそうな感覚が怖い。
目の前にいる男はなぜか黒い影のようにしか見えず、その太い腕に思い切り爪を立ててもぎりぎりと喉に指を食い込ませる力は少しも弛まなかった。
――どうして。
やがて意識は朦朧として両腕はだらりと下がり、板張りの床に膝をついた。
それでも両の手が力を込め続けているのは、わたしの息の根を止める為なのか。
これまで外界との接触を断たれ、閉じこめられていたのは何のためだったのか。
自分の身に何かあれば、大きな禍となるからではなかったのか。
それが、明確な意図をもって利用されれば世を乱す可能性があるから。
守るため、隠すため、名を捨てて何処とも知れぬ蔵の中に居るはずなのに。
それなのにどうして。
――わたしの命を奪えば、この人だけでなく周りの人たちも死んでしまうのに。
――そのことを知っているのだろうか。
問うこともできないまま、意識は闇の中に墜ちる。
死ぬのはこわくない。
ただ、何も為せず何も遺せず、朝露のように消えてゆくのは少し悲しかった。
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