掌編

□sette
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「 よくやった―――・・・だそうだ」


任務の失敗、および近隣住民(と娼婦を言うべきか)への混乱、そしてあの派手な車の大爆発。

どれを取っても褒められる点は何一つない、どころか『組織にかけた多大な“恥”への正当なる処置』早い話が哀れな動物二匹殺処分もありえない話ではなかったのに。

もはや何台持っているのか見当もつかないほどであるとはいえ、愛車の一台をふっ飛ばされた張本人であるヴォルペの顔を、ポカンといつもの真っ赤な唇を開けたままルチェルトラが見つめる。

それから隣で、これまた相も変わらず仏頂面の相方の顔を覗き込んでから、頭の横でクルクルと人差し指を回して見せた。

それなりの地位にある暗殺チームの一員である二人の、あまりにも嘆かわしすぎる失態に、この美しい金色のキツネ殿はいよいよ頭がおかしくなったんじゃないかとでも言いたげだ。

ピピストレッロはその子供じみたジェスチャーをジロリとした目線でやめさせて、着替えたばかりの糊のきいたワイシャツの袖を直す。


「 慈悲にしても情け深すぎるようだな」


ヴォルペは首をすくめた。


「嫌味はやめてくれ、ピピストレッロ。私も“君達を無くすのは惜しい”と注進してこそあれ、褒めろと言われるとはさすが夢にも思わなかったんだ」

「ふーん・・・・じゃあ、またもやボスの頭の中だけで、計画通りってわけね」


何気ないルチェルトラの一言に、ヴォルペの色素の薄い灰色目の中で一瞬だけ、炎が燃え上がったように見えた。


最近ルチェルトラなどの構成員はおろか、ヴォルペやガットなどナンバーツーを争う幹部たちにまでドン・ヴォルデモートは手の平を明かさない、という任務が確実に増えてきている。

それはフェニキシアーノが勢力を徐々に大きくしつつある現在、内部に隠れているスパイに情報をもらさないためである、と噂されることもあれば、

ゆくゆくは現在の頭領を消して組織を自分の物にしようとしているヴォルペのせいだと実しやかに語られることもあった。

どちらにせよヴォルデモートは誰も信じていないということである。

底知れぬ野望を抱えているにしても、足かけ20年。傍でつくし続けてきたヴォルペにはさぞかし悔しい事実であろう。


燃え上がった時と同じように、瞬く間に冷えた氷の眼差しでルチェルトラを見つめたヴォルペは「それから」と優雅に口の端を持ち上げて見せた。


「私の可愛いルッチェ、君に任務だ」


煙草に火をつけていたルチェルトラが、おざなりに首を縦に振る。


「そう・・・・で、今度は私達何処へ行けばいいの?」

「違う、“私達”じゃない。ボスは君だけを御所望だ」

「 え?」


怪訝に顔をしかめた彼女の唇から、肺まで届かなかった煙がゆるゆると登った。


「正確には、君とピピストレッロ以外のもう一人」

「違う人と組めって言うの? でも、いったい誰と?」


それから珍しく動揺した様子でが『ガットなら死んでもごめんよ』と早口にまくしたてる。

よく手入れされた美しい髪をかき上げながらヴォルペは口を開け、少し困ったように眉尻を下げた。

そうしていると“青い血の流れるお貴族殿”――ルチェルトラに言わせると『なよなよしたオカマ』――程度しかみえないのだが、果たしてこの男に実戦の経験などあるのか。


「 私の、息子だ」


ピピストレッロでさえ、ヴォルペの細い指にピストルが握られているところを見たことがないのだった。


   §


細い水流がボディーソープの泡と共に全身をくまなく伝い、排水溝に流れてゆく。

任務の後すでにルチェルトラは二度もシャワーを浴びていたが、午後にレストランでヴォルペの息子と顔を合わせる前に三度目を澄ませておくことにした。


彼女自身入浴が好きなことも確かであるが、特に今回は血を浴びてしまったから。

べっとりと肌についた鉄の臭いが、洗っても洗っても落ちない気がする。

くだらない“罪の意識”じみたものに苛まれるのはごめんだったが、気のせいにしろ血の臭いは不快極まりないし、気が済むまで洗いさえすれば食欲にも睡眠にも何一つ影響を与えないのだ。

だから彼女は体を洗う。


“―――苦しめずに一度で楽にしてあげなさい。血を10滴以上零すことを恥だと思いなさい。”

三度目のトリートメントを終えた髪を撫でながらルチェルトラは遠い日々の育て親の口癖を知らず、ぼんやりと思い浮かべていた。


   §


『先が思いやられる』とピピストレッロがぼやいていたことがあったが、初めてコニーリョの顔を見たルチェルトラですら嫌でもそれを考えないわけにはいかなかった。

淡い灰色の瞳、ほっそりとした顎、プラチナのブロンド、少し“はじいた”だけで折れそうな鼻。

パーツ一つ一つ拾い上げていけば、驚くほど父親にソックリなのに、彼の周りにはいかにも神経質でナイーブといった危うげな空気が漂っている。

ルチェルトラのことは向こうも父親から聞いていたのか、バールのテラスに備え付けられたテーブルに座っていたコニーリョが腰を上げた。

その意外なほどの長身のせいもあって、太陽の下の彼はほっそりとした影のようにも見える。


「チャオ。コニーリョね? ルチェルトラよ」


いつものブラウスに黒いパンツ、サングラスを少しずらしたルチェルトラがテーブル越しに手を伸ばす。頼りなく握られた男の手の平は想像通り薄っぺらく、細い指をしていた。

緊張のせいか口元がわずかに引きつっている。とはいえ彼の小さな溜め息は、安堵に近いもののようだ。


「 父はほとんど説明をしなかったので、いったいどんな人が来るのかと・・・でも、思ってたより・・・――」

「・・・・普通?」


ぎこちなく頷くコニーリョに微笑みと言うよりは苦笑に近いものを浮かべながらルチェルトラは椅子に座った。


一体どんな任務なのか詳しいことは聞いてないのだが、こんな“子供”と何をしろと言うのだろう。それともベビーシッターそのものが今回の任務なのか。


「 追加の注文は?」

「いや、僕は・・・・さっきコーヒー頼んだところなので」


方肘を付いて、注文したカプチーノが来るのを待ちながらルチェルトラは改めて青年の顔を眺めた。


もし、血生臭いギャングなどではなくて地元の学校にでも通っていたらさぞかしモテたことだろう。

ティーンエイジャーたちがこぞって彼の行うスポーツを――おそらくフェンシングかなにかだ――観に行きたくなりそうな、そんな顔だ。

いかにも寒い地方で育ってきたらしい、真っ白な肌もルチェルトラの好みではあった。

同じく色味の薄い唇がわずかに開かれる。


「・・・・――あの、」

「なに?」

「さっそく、今回の任務の話なんですが、」

「ええ、なんだか“混乱している”と言う事だけは聞いてるわ」


妙な言い回しだ“混乱した任務”とは。いったいどういう意味なのだろうと少なからず彼女も思ってはいたのだが。

コニーリョはいかにも言いにくそうに声を潜めた。


「 殺し、なんです」

「まあ・・・・そうなの」


どうやら当てが外れたようだ。と言うことはつまり“虫も殺したことない様な”コニーリョに人間の殺し方を教えろということなのだろうか。

“ベビーシッター”

またもや頭をよぎる言葉にため息を吐きながら、それでは混乱しているのは任務でなくて彼の方ではないか。

と、ようやく出てきたカプチーノに口を付けてルチェルトラは内心でぼやく。


「 それで? ターゲットは?」


今朝は朝食もそこそこにヴォルペに呼ばれたのだし、サンドイッチでも頼もうかと考え始めたルチェルトラの一方でなにやらはっきりとしない言葉を口の中でこねまわしていたコニーリョが、ようやく意を決したように冷めたコーヒーを飲み干した。


これで「このあと僕とチェーナでもどうですか」と誘ってくれたら言うことないのだけど、おそらくは無理だろう。

どうして自分の相方になるのは、素敵なジョークなど思いつきそうもない堅物ばかりなのか。


「ドン・ダンブルドアです」

「――は?」


驚いて顔を上げたルチェルトラの唇の端に泡がくっついていた。

さっきよりももっと顔を青くしたコニーリョが、自分に言い聞かせるようにもう一度、単語一つ一つゆっくりと声に出す。


「 僕たちのターゲットは、フェニキシアーノのドン―――アルバス・ダンブルドアです」


ルチェルトラのカップが滑り落ちて、変えたばかりのブラウスにジワリと染みが広がった。




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