掌編
□sei
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「カッツォ!――摂生の出来ない男って大っ嫌いよ!南部出身も!!」
重さにしてピピストレッロのおよそ二倍、ルチェルトラなら3倍はありそうな巨体を二人がかりで引きずり、ズタ袋に押し込む。
結局はこうなるのだ。どうして数あるアッサシーノ(アッサシーナ)コンビの中で自分達ばかりが、死体処理なのだろう。
息を切らせ、ブツブツと口汚く罵りながらチビに、痩せ、そして最後の“ポルカミゼーリア”(悲惨なブタ)を押し込んだ3つ別々の袋の口をルチェルトラは縛って、清掃員用のキャスター付き洗濯籠に投げ込んだ。
目だし帽だけが唯一揃いのピッタリした黒のパンツにブラウスの女と、死神のような黒いロングコートの男の二人組はどう見ても安ホテルの従業員には見えなかったが、
それについてはフロントの男にピピストレッロが片手で握られないほどの金の束を握らせていたからさしたる問題ではないだろう。
「忘れ物はないだろうな」
インスタントの食事やスナック菓子の袋ばかりが山ほど散らばる、小さな部屋の中をグルリと見渡したピピストレッロが改造途中と見られるライフルを掴んで、しばらく眺め。やはり洗濯籠にいれた。
「死体と同じで、しょーもないわね」
ルチェルトラがそう言うのも無理はない。エアガンに毛が生えた程度の威力しかない。いくら境界線の真ん中だと言って果たして脅威などになったものか。
「可哀そうに、ウチのボスってとっても厳しいから」
憎いから殺す。邪魔だから殺す。そして見せしめに殺す。
首を切り落とされてベッドに入れられた哀れな馬と同じ、憐れな生贄。
それは所詮ドン・ヴォルデモートの遊ぶチェス盤の上の手ごまの一つにしか過ぎない、ルチェルトラやピピストレッロ自身も変わりないのかもしれないが。
この世界に踏み込んだが最後、まともには死ねないのだ。
心のこもらない言葉が煙草の煙の様にあっという間に立ち消え、呟いた本人がすでに靴の裏で踏みつけたナチョスに気を取られていた時だった。
廊下からかすかに聞こえた物音に、ピクリと獣の如く鋭い目線をピピストレッロが扉へ投げる。
沈黙。そして、
「 ルチェルトラ―――伏せろ!!」
彼の叫び声と蹴破られた扉から弾丸が彼女の頭上を通り抜けたのは殆ど同時だった。
死体の入ったカートを盾代わりにピピストレッロの隣に走り込んできたルチェルトラが、苛立たしげに舌打ちをする。
「 ファンクーロ!! こんなの聞いてないわよ!」
「どうやら我々の動きは敵に読まれていたようだな」
「“読まれていたようだな”ですって?!カッコつけてじゃないわよ!!こっちは!何にも!用意して!ないってのに!」
デリンジャーとマグナム44口径、共に予備の弾一つ。一方で手当たり次第に打ちまくる相手は到底弾切れの心配をしているようには思えない。
明後日の方向に飛んだ弾がベランダの窓を破り、バリケードとなった死体に穴を開ける。滲みだしたおびただしい量の血が色の悪いカーペットを黒く濡らした。
これでは何のためにわざわざライフルを携え、変装までして、ここまで来たのか分からない。
「こんなへったくそ、換えの弾一つあれば十分・・・・!」
「よせ!この体勢じゃどうしたって私たちには不利だ。それにここで死人を出してみろ。いよいよ戦争は免れないぞ」
「だって向こうは・・・・」
言いかけて口を閉ざした。
最終的な決断は経験の長い方が下す。それがセルペンテオの掟なのだ。
「分かった・・・分かったわよ!それで、どうすればいいの?ここでじっとしてたら時間の問題よ」
「 飛べ」
「――はぁ?! 悪いけどあなた今、もしかして“飛べ”って言った?フライ?フライング?コウモリだから言ってんの?」
「ふざけてる場合か。飛ぶんだ、その窓から・・・・おそらく向こう側のベランダに届くだろう」
「おそらく――!」
片手で両目を押さえてルチェルトラが空を仰いでいる間にピピストレッロが軽い長机を立ち上げる。たいしたバリケードにはならないが、素人ガンマンのためのしばらくの目くらましには十分だ。
その上で時折脅し程度に撃ち返しながら相棒の背中を窓の外に押し出す。
「モタモタしている暇はないぞ。両足ではなく片足で跨ぐように飛べば大丈夫だ」
「まあ!ためになるアドバイスだこと!!でもあなた、ここが何階で何メートルあるのかご存知かしら?!」
「 4階で、20メートルくらいはあるだろう・・・・だが、それを知って何になる?」
――唖然。
どこまでもとぼけた返答に何か言い返してやりたかったが、目だし帽の奥の男の瞳はこの上なく真剣だ。
仕方なくルチェルトラは窓のでっぱりのほんの少しのスペースに両足を駆けて出来るだけ体を垂直に立てる。
なるべく吸い込まれそうに真っ暗な地面を見ないようにはしたが、吹き上がってくる風に膝がしらが震えた。
その震えが極力小さくなるまで深呼吸を繰り返し正面の建物に向かって、小さな溝を飛び越えるように片足を延ばす。1秒、2秒。
「何をしてる、早くしろ!バリケードが崩れる」
「 うるさい!急かさないでよ!!」
最後にデリンジャーがしっかりとガンホルダーに収まっていることを確認し、全ての準備を終えたルチェルトラは文字通り命一杯反動をつけて―――
飛んだ。
フワリと身体が浮き上がり、それから身の凍りつきそうな重力ののち、コンクリートの地面がしたたかに彼女の右肩を打ちつける。
とはいえ柄にもなく幸運を神に祈りたくなったくらいだ。
息が出来ない痛みに顔を歪めヨロヨロと立ち上がったルチェルトラの隣に、黒いコートをはためかせピピストレッロがひらりと“舞い降りて”きた。
「あなたが本当にバットマンだとは知らなかったわよ、ピッピ」
「・・・お前の減らず口が健在で何よりだ」
鍵がかかっているのか開かない窓をピピストレッロが肘で乱暴に叩き割る。
分厚いカーテンを押しのけると、裸で抱き合う男女が驚いて固まり、死体の血でいつの間にか真っ赤に染まっていたルチェルトラのブラウスを見て悲鳴を上げた。
どうやらあのホテルの向かいは娼館だったようだ。
「すぐに出ていくから、気にしないで。続けて」
それがはたしていかほどの気休めになるのか。
ピピストレッロの手に握られたマグナムに声も出せない二人を置き去りに部屋を飛び出し、
会うたび会うたび悲鳴を上げる女たちの廊下を通り過ぎて、フィアットの止めてあるホテルの裏まで駆け抜ける。
追手は見えないようだったが油断は禁物だ。
「とっとと、おさらばしましょう」
にもかかわらず、鍵を取り出して今すぐにでも乗り込もうとしたルチェルトラをピピストレッロが制した。
「 待て、車を変えよう」
そしてたまたますぐ傍にいたチンピラのオンボロトラックとピカピカの新車をその“見事な交渉術”によって素早く取り替え、
ふざけたキーホルダーのついた車のキーを相棒に向かって放り投げる。
目だし帽の男に銃を突きつけられて手に入れた車が、黒く輝く可愛いパンダだと知ったらどんな顔をするだろう。
変えるにしたってなぜよりによってこんな汚らしい車と変えなくてはならないのか。何よりあれはルシウスの借り物なのに。
「ケパッレ・・・もう本当にツイてないんだから、お気に入りのブラウスダメにして、任務も失敗しちゃって、その上こんな臭い車に乗れだなんて・・・」
お決まりのブツブツと長い文句を呟きながらルチェルトラが運転席の扉を開けた瞬間。
フィアットの止まっていた辺りで巨大な爆発が起きた。その爆風にのって飛んできたファーストフード店の紙袋がルチェルトラの足に張り付いて、落ちる。
「 冗談じゃないわよ」
呆然と燃え上がる炎を眺めながら目だし帽を脱ぎ捨てた彼女が青白い顔でうんざりとため息を吐いた。ただしトレードマークの赤い唇だけが健在だ。
「私達、ヴォルペに殺されちゃうかも…」
同じく帽子を脱いで夜風に長い髪をそよがせたピピストレッロが煙草に火をつける。飛んできた火の粉でコートの端が焦げついていた。
「 死ぬのは怖いか?」
「・・・恐いわよ、決まってるでしょ。 あなたは何ともないって言うの?」
思わぬ彼女の正直な返答にピピストレッロの方が思わず苦笑してしまう。
どうしてこんなに真っ直ぐなのか、この女は。
「・・・――さあな、もう分からなくなった」
薄っぺらな言葉が、重く垂れこめる夜の闇に消えた。
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