掌編
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「でもさ、今回のターゲットはとてつもなくフェニキシーノ寄りの場所に住んでるじゃない?私達が入ったらダンブルーノは嫌な顔するんじゃないの」
特にあのじーさんは“ヒトゴロシ”が嫌いでしょ、とあからさまに胡散臭いと感じている顔を隠しもせずルチェルトラが言った。
まあそれも仕方がない。暗殺を指示しないマフィアのボスなんてプレゼントを運んでこないバッボ・ナターレ(サンタクロース)みたいだ。どっちもただの爺さんという意味でも。
こった模様の入ったジッポーで細いメントールの煙草に火をつけていたピピストレッロが肺に溜めこんだ煙を一気に吐き出す。
「ダンブルーノじゃなくて、ダンブルドアだ。奴らもわかっているから向こう側にいるんだろ、お前もアッサシーノならもうちょっと頭を使わんか」
そして彼女の前に金色の毛の塊を突き出した。
「あちらに着いたら私のことはナルチーゾと呼べ。“ナルチーゾ・プリンチベ”だ」
「了解、ナーゾ(鼻)ちゃんね。ピッタリ。じゃあ私は“シニョリーナ・レージヌ”でもいい?」
「バカ、お前はシニョーラ・プリンチベに決まってるだろ。夫婦の方がなにかと都合がいい」
ええーと残念そうな声をあげるルチェルトラを無視して、カツラを押し付けた彼はさっさと黒のフィアットに乗り込む。
あのアルファ・ロメオではどこにいても目立つだろうということでヴォルペに借りてきたものだった。
「ルーポの所にもよらなきゃならんのだぞ。さっさとしろ」
「ああ・・・・やっぱり行かなきゃならないのね」
「あたりまえだろ。銃の交換交換とあんなに騒いだのは誰だ」
だって、と項垂れて彼女がもたれかかったハンドルから大きなクラクションが響く。
というのも前回の暗殺でルチェルトラはターゲットの体の中に銃弾を残す、というもっとも初歩的な過ちを犯していた。
さらに悪いことにその遺骸は警察に押収されてしまっている。
型が割れればいつ足が着くとも限らない。銃の交換はどんなに嫌だとしても避けられない事態である。
故に廃棄できず、今もガンホルダーの中に収められているお気に入りのデリンジャーは実際の所ただのお飾りと変わらないのだ。
「私の可愛い子ちゃん・・・あの距離なら突き抜けてくれるハズだったんだけど」
「位置が悪かったな。だからもっと威力のあるのを使えというのだ」
「冗談じゃないわよ。あなたの見たいなマグナムぶっ放したらターゲットじゃなくて私の肩が吹っ飛んじゃうわ」
カラリと晴れわたったシチリアの空にそぐわない血生臭い会話だった。果てしなく続くワイン畑を横目で流し見しながらルチェルトラはため息を吐く。
「 ルーポはもっといいのを持ってくるかしら」
「さあな。お前の態度次第じゃないのか?」
ピピストレッロらしからぬジョークに気を悪くした彼女は鼻をツンと上向け、前をノロノロと進む軽トラックに腹いせのごとくやかましくクラクションを鳴らした。
「 ファンクーロ!ここに捨てていくつもりであんたのケツに残りの弾丸全部おみまいしてやってもいいのよ、クソジジイ!!」
***
「 チャーオ、」
突然現れた金髪の女にルーポは存外、眉をひそめ決していい顔はしなかった。用がないなら帰れ、とでも言うような彼の態度についにしびれを切らしたルチェルトラが頭の上からカツラを掴みとる。
「 時間がないのよ。さっさと準備してくれないかしら」
途端にルーポは尖った黄色い歯をむき出してニヤリと笑った。
「なんだ、この間のベッラ(可愛い子ちゃん)じゃねえか。妙な変装しやがって、そうならそうと言ってくれればいいだろ。ご無沙汰だな、さては俺が恋しくなったのかい?」
その細い腰を捉えようとしてかニュッと突き出された爪の長い指を体をネジって交わした彼女が、ふざけるんじゃないと言いたげに足の下でタバコをもみ消す。
そしてただ後ろに突っ立っているだけのピピストレッロを顎でしゃくってみせた。
「・・・あんだよ、あのカガータは。お前の用心棒か?」
「バッカ、だから私は娼婦じゃなくてアッサシーナだって言ってるでしょ!彼は相棒よ。今日はあんたに武器をもらいにきたの」
アンバーの目を細めて自分より20センチばかりも小さいルチェルトラの相方を睨みつけたルーポは、少しばかり興ざめしたようにフンと鼻を鳴らす。
「アッサシーナねぇ。今日は客人の多い日だな」
「あら、私たちの他にも来てるわけ?」
「ああ、そこで品定めしてるぜ。おい、カマレオンテ(カメレオン)!」
すぐにカムフラージュ用なのか、なにやらわけのわからないものが山ほど詰め込まれたガレージの奥から一人の痩せた男が顔を出した。
「 見ない顔だわ、」
「そりゃそうだろ。アイツは変装のプロだからな、何処にいたってわかりゃしねぇよ」
ボンジョルノとも言わず、大きめの瞳をグルリと回転させ、彼女を上から下までじっくりと眺めたカマレオンテがベロリと舌なめずりをする。
「 そうだな、上から88、56、83ってところか?代わりが欲しけりゃ言えよ、もういつだってお前に変身してやれるぜ、」
まったく、ガットといいルーポといいこのカマレオンテといい、この組織にはマトモな奴がいないのか、と思わず自分の体を抱きしめながらルチェルトラは引きつり笑いを返事の代わりとした。
「さてと、何をご用意しましょうか」
やっと話が本筋に戻ったことを感じ取ったのか、カマレオンテと共にナイフ投げに興じ始めているルチェルトラの脇を通り抜けてピピストレッロがガレージ内へと足を踏み入れてきた。
「 デリンジャーとマグナム、ライフルも一丁頼む」
灰色の剛毛を後ろで束ねつつ、お宅は戦争でもおっぱじめるつもりなのかいとルーポが笑う。
「 生憎命の“やり取り”をするつもりはない」
「ああそうでしょうよ。キザな暗殺者様らしい言葉だぜ。だが気を付けるに越したことはねぇと思うがな」
どういう意味だとピピストレッロは、ぼんやり彼女たちのお遊びごとを眺めている目の前の武器屋を初めて正面から見つめた。
「最近フェニキシーノも境界線の辺りをウロウロしてるらしいじゃねぇか」
「 確かな話か、」
「ああ、情報屋のなんだっけな、あのデブ。ポルコ(ブタ)・・・・?なあ、カミー、情報屋の名前はなんて言ったっけか」
いったんナイフを投げる手を止めたカマレオンテが考え込むように首を傾げ、また口の周りを音をたてて舐める。癖なのかもしれない。
「・・・・確か、トーポ(ネズミ)じゃなかったか?」
「そうそう、それが言うことだから間違いねぇよ。あれは絶対フェニキシーノん所の赤毛だとさ」
「 赤毛?!それってウィーズロー?」
よそ見をして投げたルチェルトラの切っ先は向こうの壁に届くことすらなく床に落ちた。さらに言えば彼女のナイフは先ほどから一本も的を射ぬいていない。
ウィーズリーだ、とまたしてもピピストレッロが律儀に間違いを訂正した。
「 聞くところによると、一番上が超色男なんだってね」
「ケッ、噂なんて大概尾ひれがつくもんだ。見たこともねぇ優男より、目の前の俺だぜ?」
だからいったん一緒にベッドに入ってみろよ、と言いながらこっそりと尻に触ろうとしたトーポの手をルチェルトラは握っていたナイフで一突きにせんばかりに叩き落とす。
「調子に乗らないで、このスキアッチャパッレ野郎!」
「おおいいね、やっぱりイタリアーナはこうでなきゃ、」
「――っもう、ピッピ!本当にこのヘンタイをどうにか・・・・」
しかし彼女が振り返ったところにはもうピピストレッロはいなかった。それよりはるか遠く、三丁の銃を抱えて車に乗り込もうとしている。
「ああ!ちょっと私を置いてく気?!」
慌てて犬の様にその後に続くルチェルトラをカマレオンテの笑い声と、今度来る時は一人でな、などというルーポのがなり声が追いかけた。
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