掌編
□uno
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イタリアは西南、シチリアは言わずと知れたマフィアの国である。
カッショ・フェッロやジェンコ・ルッソなど数多くの大物を輩出してきたこの国に今も彼らが絶えることはない。
最近急速な成長を見せたドン・ヴォルデモート率いるセルペンテオファミリーとドン・ダンブルーノ率いるフェニキシーノファミリーもその一つである。
二つの勢力は互いにけん制しながらもどちらも勢力の衰えを見せず、長い長い抗争は泥沼と化していた。
不安をぬぐえない一般市民たち。
あちこちで手を組むべきだという声があがるもののセルペンテオ側は懐柔するくらいなら死ぬというような姿勢を取り続けている。
今朝もフェニキシーノの若手ナンバーワン“アリー・ポッター”に追い詰められたという理由で組みの若いのが自ら命を絶った。
蓋を開けてみれば、アリーは彼に道を尋ねたかっただけらしいのだが。
「 南部出身はこれだから嫌なのよ、テンションばっかり高くてさ。誰が後始末すると思ってんのかしら、ね?ピッピ」
「その胸糞悪いあだ名で呼ぶなと言っているだろ、ルチェルトラ(トカゲ)それに“彼に会えるかも”などと言ってこの仕事を志願したのはお前ではないか」
身体にピッタリとフィットした黒のパンツにブラウスの女と全身真っ黒の死神のような男が二人してさも面倒くさそうに死んだ男の体を抱え上げキラキラと光る地中海へと投げ捨てた。
真っ赤な唇を突き出したルチェルトラが切なげなため息を吐く。
「でもまた会い損ねちゃったわ、“アリー”っていったいどんな子なんだろう」
「アリーじゃなくてハリーだ。お前はとりあえず人間の名前をきちんと覚えるところから始めろ」
冷たくそう言い捨てた男はコートを翻しポケットの中の車のキーを彼女に投げつけた。潮風が優しく彼の長い黒髪を揺らしているというのに、眉間のしわは少しも緩む気配を見せない。
「はいはい。ピピストレッロ(コウモリ)様の言う通り」
ちっとも面白味のない相棒に生返事をしたルチェルトラは先ほど放り投げた男の物だろうか、趣味の悪い金の腕時計を尖ったヒールの踵で踏み抜いて、目立つロッソのアルファ・ロメオに乗り込んだ。
2人して3箱も4箱も消費するものだから、きつい煙草の香りがツンと鼻につく。
「きっともうガット(ネコ)やヴォルペ(キツネ)が首を長くして待ってる。飛ばせ」
「オウ・カピート(了解)シニョール。任せといて、飛ばさせるのは得意よ」
パチンと音がしそうなほどのウィンクも下品なジョークも片手一振りで追い払ったピピストレッロは律儀にシートベルトを締めて面白くなさそうに窓の外を覗き込んだ。
潮に引き込まれた男の死体が浮かなきゃいいが、と思いながら。
「大体お前は“ハリー・ポッター”に会ってどうするつもりなんだ。ボンジョルノ、死んでくださる?か」
「あら、まさか!私は博愛主義なの。コンニチハとサヨナラの間にチェーナとベッドぐらい入れてあげるわよ」
乱暴なハンドルさばきに車体が危険なほど傾く。
敵ながらハリー・ポッターが出来ればこのイカレタ女に出会わずに済むよう、彼はこっそり十字架を切ってやった。
「ああ、お腹すいた。お昼ごはん買いに寄っちゃダメ?」
「ボスに殺されたくなかったら、黙って車を飛ばしたまえ。着いたらヴォルペがワインでも何でも空けてくれるだろ」
セルペンテオ・ファミッリャの彼女
完全なる趣味以外の何物でもない